2017年07月09日

神科読本19「リストカットの理解と対応」

精神科読本19『リストカットの理解と対応』(2017年版)
                リストカットの理解と対応
T.はじめに
 平成9年5月開業からの9年間で当院を受診した自傷行為者は180例(男24,女156)います。この中にはピアスや刺青やタバコによる火傷は含まれていません。鋭利な刃物や鋏などで身体を傷つける患者が対象です。そのなかで小学校高学年から22歳までの間に自傷行為するようになった者は130例です。思春期は一般に12歳から22歳までの年齢枠なのですが,精神医学の臨床的知見から10歳前後からとする研究者は少なくありません(笠原ら)。そのため本論では,10歳前後のケースから選びました。この130例を分析し,思春期の自傷行為をどのように理解し支援するかについて私見を述べることにしましょう。
U.川谷医院を受診した自傷行為患者の特徴
 思春期に自傷行為を行う者のすべてが医療機関(精神科や心療内科や小児科)を受診するとは限りません。精神科を受診するものは氷山の一角です。そのために本論では,当院を受診された自傷患者の特徴と正確に表現したいと思います。以下に,私の経験した自傷行為患者130例の分析を述べることにしましょう。
 1.性差,生活史などの特徴
男女差は女性が圧倒的に多い。112例(88.2%)を女性が占めています。10歳から自傷を始めるものは2人と少なく,多くは中・高生から始めています。
彼らの生い立ちを見ると,幼少期に車酔いが30%,手のかからないよい子15%,母子分離の困難13%,爪噛み・指しゃぶり10%が見られています。
学童期に入ると,10歳前後の自我の芽生えの頃から内省的に悩み始めるものが22%,過剰に明るく振る舞い「よい子」であろうとするものが10%に見られます。と同時に,いじめや両親の離婚や虐待16%などの環境側の問題が増え,こうした個人の外と内で約半数に問題が見られるようになります。
そして中学校に入ると全例が悩み始めます。すなわち,不登校,自傷行為,精神疾患の罹患,非行,いじめなどの問題が急増し,特に不登校は彼らの半数が経験し,高校中退は35%にも達します。しかも思春期の人格形成を促す家庭環境は破綻し,家庭崩壊は25%,虐待30%という数字は悲惨な家庭環境を窺わせます。さらに,3人に2人は境界性パーソナリティ障害(BPD)と診断されました。
 2.緊張の強い家庭環境や不登校や高校中退がもたらすもの
家庭環境が複雑で緊張に満ちていたり,学校でいじめにあったり,登校できなかったりすると,子どもの心にどのような影響を与えるでしょうか。
 1)10歳の「自我の芽生え」と「魔の中2の2学期」
 この二つの時期は私が臨床で大切にしている子どものこころの発達段階です。前者は,子どもの脳が世界を時間軸のなかで自分と世界とを関連づけて見ることを可能にします。大人の脳になるのです。10歳以前は,嫌なことがあっても「今鳴いたカラスがもう笑う」とけろりとしているのですが,10歳を過ぎると出来事は長期記憶されるようになり,なかなか忘れることができなくなるために,長いあいだ子どものこころを苦しめることになります。この時期に家庭が楽しくない,学校でみんなとうまくやれない,能力面で劣等感に悩まされると,「自分は駄目な子」「自分は悪い子」空想を抱くようになります。「両親の仲が悪いのは私のせい」と考えることによって家庭で生き延びようとするのです。
後者の「中2の2学期」は,性的な自分と社会的な自分の統合を試される時期で,それに高校受験が重くのしかかってくる時期です。中1の課題は,新しい環境の変化についていけるかどうかですが,中2の2学期はもっと心理・社会的な問題で,パーソナリティ発達と深く関わっています。対人関係の躓きと自己の能力の限界に直面して不登校や自傷行為や摂食障害やパーソナリティ障害の前兆が始まります。学校に通えなくなると,自分がどれほどの人物なのかを分からなくなるので,現実離れした空想的な自己像のなかで生活するようになり,ますます学校に通えなくなるという悪循環を形成していくのです。
 2)「17歳」の問題
 作家の庄司薫は『狼なんかこわくない』の中で17歳を「この時代の『男の子』というのは,まことに始末におえない。まず彼は,たとえ表面的には激しい自己嫌悪や荒々しい絶望を示そうとも,実はまだこの現実の中で試したことのない,漠然とした,そしてそれだからこそ大きな夢を抱いている」と述べています。つまり,若さという可能性を最も自然に漠然と抱えているのが17歳なのです。可能性があるということは,それが漠然であるからこそ,非常に危険な年頃なのです。可能性の芽がつぶされると,自尊心の病理が露わになってきます。そしてそれは自己愛的憤怒と呼ばれるもので,底の尽きない泉のように憎しみを大きくさせていきます。特に,完璧主義の青年にとっては,17歳は人生という舞台から降りるか,あるいはそこに留まりつつ非現実的な空想を膨らませるか,逃げるか戦うか,脳の奥深いところで葛藤が起きているのです。
以上のように,引きこもりの問題点は,現実を離れることで自分の可能性と限界について学ぶ機会を失うことにあるのです。そのために,彼らの健康な自尊心が育ってきません。この点は,彼らの対応を考える上でしっかり押さえておきたいところです。
V.自傷行為患者の三タイプ
 自傷行為の対応について述べる前に彼らを心理・対人関係・性格傾向から3タイプに分類すると理解がより深まるので,それを紹介することにしましょう。先ほども述べましたように,自傷行為患者の3分2は境界性パーソナリティ障害を中心とするパーソナリティ障害なので治療がとても難しくなります。逆の言い方をするなら,パーソナリティ障害を合併していない,一過性に見られる自傷行為は対応も簡単だということですので,ここで詳しく述べる必要もありません。そのため,BPDの治療が自傷行為者の対応にも役立つのです。
 1型:「偽りの自己」群=「手のかからないよい子」
このグループの患者さんの特徴は,生まれつき周囲の空気を読み,瞬時にそれに合わせることが上手な人たちです。俗にいう「手のかからないよい子」。幼い頃から自分のことよりも他人を優先して生活しています。爪噛みなどの神経症的習癖が見られることがありますが,幼少期のあいだはたいした問題となることはありません。習い事や塾にも自ら希望して通います。問題が起きるのは小学校4年生の自我の芽生えの時期で,患者さんは内省的になり,自分について深く考えるようになります。端的に言うと「私は自分がないのではないか」と悩みだすのです。それでも大半の者は見かけ上は何事もなく小学校を卒業します。しかし,魔の中2の2学期を前に混乱を来たすのです。器用貧乏で高校中退が多いのも特徴の一つで自傷行為や摂食障害を伴うことが多い。治療にはよく反応しますが,周囲への過剰適応で疲れ果てて治療中断に陥りやすいことを知っておくことが大切です。精神療法(対話療法)のよい適応になります。
 2型:中核群=「トルネード」
 BPDの「不安定さ」が特徴です。幼少の頃から夜驚,癇癪持ち,落ち着きのない子として育ち,発達過程で様々な問題が露呈しています。母子分離が難しく幼稚園や保育園でみんなの中に入れない,運動会や学校行事などのときにしばしば発熱や腹痛などの自律神経症状が発現する,対人恐怖や不安症状が小学生の頃に起きる(早熟現象),などです。思春期になると,その不安定さはいろいろな領域で現出します。対人関係,将来の自己像,気分,社会適応,などで自分が何者であるのか混乱し始めるのです。
文字通り「トルネード」のような人たちなので,彼らに関わるい人は吸い込まれては放り出されます。そして,トルネード同様,同じ場所に居続けることができません。剣道部に入ったかと思うと,バイクの無免許運転で補導されたり,生徒会に入ったかと思うと酔っ払って学校に来たり,時には殴り合いの喧嘩まで引き起こしかねない。そして中学校から学校に通えなくなる者が多いのです。トルネードのような外見とは裏腹に内心は臆病で寂しがり屋です。常に「他者から見捨てられるのではないか」と不安に圧倒され,「嫌われまい」として必死です。何よりも孤独が苦手で,一人で居ることができないのが特徴です。
治療は患者さんの先を行かず,半歩遅れて,患者の起こした現実問題の後片付けという気持ちで一つ一つ丁寧に当たっていく過程が成熟への道になります。問題が発生したときは,環境を調整するなど,患者さんの問題行動を否定しないで,「辛かったね」とねぎらいます。情動興奮はたいてい2週間内には収まり,意外と患者さんは状況を把握し冷静に自分の行動について反省することがあるからです。治療は決して焦らず,現状打破を考えず,半歩遅れてついていくことに尽きます。
 3型:乖離やマイクロ精神病群=「自爆」
 このグループの人たちは周囲との関係に症状が現れるのではなく,患者さん自身が混乱し自爆するような恐怖を持っています。幼少期の虐待などの悲惨な体験を持ち,自我機能が脆弱で外的刺激によって,現実状況を正しく認識することができなくなり,被害的に現実を認知し,辛い現実状況から目を背けるために意識を失ってしまうことが多い。しばしば自分の意識が飛んでしまうと訴えます。外見はおとなしい人たちに見えるのですが,心の中は嵐のように混乱しています。自分の心の中で起きる不安はどこに逃げても追いかけてくるので,意識を乖離することで自分の心を守ろうとしているのでしょう。
 治療の中でも自傷行為が繰り返され乖離症状が頻発します。家庭内の揉め事の原因は自分にあるという信念に近い空想(「自分は悪い子」)を持ち,しかも完璧主義の性格のために,学校でのいじめ体験や仲間に入れないなどの適応の失敗から自尊心が傷つきやすい状況にあります。治療は薬物治療を中心に治療を進めるほうがよい。感情表出が苦手なので,精神療法は無理には行わずに,私は状態の改善と社会適応に治療の焦点を置くようにしています。患者さんは現実生活で起きる不安を溜め込み,他者との間でそれを問題解決できない点があるので,治療の中でそれを学ぶことを援助するのが治療になります。                     W.自傷行為の理解と支援・かかわり方
 以上,説明してきたことを念頭に置いて自傷行為患者との関わり方について述べましょう。自分を傷つける人たちは自尊心感情が傷つきやすい状況にあるので,関わることでさらに事態を混乱させる事だって起こりうるので扱いは難しいものです。
 1.学校・家庭で自傷行為を知ったときの対応
 1)第一段階:共感と理解を示すために「なぜ切ったの」と問わない
 自分の子どもが自傷行為をしていることを知ったとき,あるいは見つけたときには,彼らが「何に困っているのか」を訊ねることから理解と支援は始まります。「どうして切ったの?」とその理由を聞くのではなく,「どのように困っているの?」と彼らの辛い心理状態を理解しようという姿勢を示すことが関わり方のポイントです。この問いの違いは,自傷行為に対する支援のなかで最重要項目なので詳しく述べることにします。この「なぜ」と問う方法は洞察を求めることで思考の広がりを持たせるやり方の代表的なものの一つです。しかしこの問い方は,彼ら自身が自傷行為を行ったことで自責的になっているので,「責められている」「叱られている」という反応を起こしやすくします。つまり,彼らの「私は悪い子」空想を大きくすることにつながるのです。彼らの自傷行為がコミュニケーションの意味を持っている場合は,「なぜ」という問いは威力を発揮すると推測されますが,その問い方は難しい。なぜなら,自傷行為者の心のなかには,「叱る人=切る人」と「悪い私=切られる手首」の二人がセットで住みついているからです。そのために,「なぜ切るの」という問う方が「切る」役の片棒を担がされ,自傷行為者は「叱られる=切られる手首」を演じてしまうのです。そのために,「なぜ」と質問する側の心の中には加害者の意識はないと思っていても,つい非難がこめられてしまうのです。
 2)第二段階:主観的万能感の復活
 次に,彼らのニーズを直感的に読み取ることで第二段階に入ります。たとえば,彼らの心理,つまり「自分は普通でない」「友達とうまく行かない」「成績が思うように伸びない」「家庭が面白くない」などに触れるのです。彼らはそのことで悩み,自傷行為に及んでいることが多い。彼らの無力感・絶望感・不安感に触れることが大切なのです。自傷行為の裏にあるこれらの気持ちに触れられてはじめて,萎びてしまった「誇り」を取り戻すことができるのです。このニーズを読み取る能力が「錯覚の世界=主観的万能感」を一時作り,その錯覚が比較的長びくという体験が健康な自己の発達の基盤となります。その期間は少なくとも半年以上は必要です。このような体験なしには彼らは救われないし,自己に触れられるからこそ気持ちが回復するのです。半年以上の期間が過ぎないと,立ち直っても,一回の現実の挫折で元の木阿弥になってしまいます。
 3)第三段階:幻滅と脱錯覚化過程―劇化dramatizationと謝罪
 援助は第3段階に移ります。長い関わりの中で私たちも失敗することがあるでしょう。彼らに理解・共感できなかったりすることが起きるものです。ところが,私たちの失敗を彼らは自分のせいにすることで私たちとの関係を修復しようとするクセがあります。つまり,両親の仲が悪い原因は,あるいは親に虐待を受けたりする理由は「私が悪い子だから」と思っていたのと同じように,過去の環境側の養育の失敗を自分のせいにしようとするのです(再演=劇化)。その瞬間に,私たちの失敗を取り上げることで,つまり,それを演じることplayingによって彼らの凍結した『自己肯定』感情に温もりを与えることができるのです。たとえば,面接の夜などに自傷行為をしたと知ったときに,「あなたが私に心配かけまいとして,元気を装っていることに気づかなかったので,辛くなったのね」と理解を伝えるのです。このようにして信頼関係が構築されると,現実の困った問題を語り始め,自傷行為といった解決方法を捨てて,成熟した人間関係のなかで心理的問題を解決できるようになり,現実の人間関係にも変化が見られ始め,立ち直っていくのです。
 2.「自分を傷つけないように約束して」と言わないことの重要性
 「切らないように」と言われて,それを守れないのが自傷行為者の自我の脆弱性なので,無理に約束を取り付けようとしないことはとても大切です。約束して安心するのは私たち環境側であることを押さえておくべきで,決して彼らが約束したことによって救われるのではありません。自分でも悪いことだと分かっているので「私のために先生が本気で向き合ってくれた」とポジティブになることもあるのですが、約束の後も彼らはまた現実の嵐の中で生活しないといけません。約束した時には,自傷行為に走らないように「傷つける以外にどうしたらよいのか」を提供するか,あるいは環境を調整しないといけません。
もし「切るな」と言われて,もしそれを守れなかったら,自傷行為者はどう考えるでしょうか。申しわけない気持ちと自己否定感情で畏縮しているに違いありません。なかには,挑戦的に反撥する人もいるかも知れません。また,何度も何度も自傷をされると,周りも腹が立ったり,あきれたり,突き放してしまいたい気持ちになるかもしれません。つい叱り飛ばして,自己嫌悪感を強めることになるかもしれません。このような泥沼に陥らないためにも私は「約束」を取り付ける代わりに,彼らの困ったことを理解し,現実問題を一緒に解決する道を模索することを勧めるようにしています。                                        
X.まとめ
 以上,思春期における自傷行為(自傷行為)を理解するために私の130例の自験例の分析結果について述べ,その結果を踏まえて自傷行為を知ったときの対応について私の見解を述べてきました。自傷行為者は女性に多く,緊張に満ちた家庭環境の中で「自分が悪い子」空想のなかで成長し,思春期に入って不登校,自傷行為,様々な精神症状や問題行動を起こし,自分に誇りを持てずに,傷つきやすい心理状況にあります。そのために,彼らを理解し支援する態度は,彼らが「どのように困っているのか」を理解しようとする姿勢が欠かせないし,彼らの自傷行為の裏にある無力感・絶望感・不安に触れることが彼らの誇りの復活には欠かせないこと,それでも彼らを理解できないことが起きるが,その瞬間こそが彼らが成長に必要なときなのである,ことを説明してきました。

本論は,『児童心理』2006年8月号臨時増刊に投稿したものを、思春期の子どもに関わる家族や学校関係者向けに大幅に修正・加筆したものです。
posted by 川谷大治 at 14:02| Comment(0) | 日記