2017年07月09日

精神科読本12「パーソナリティ障碍とは何か?その2」

精神科読本12『パーソナリティ障碍とは何か?その2』(2017年改訂版)          
               パーソナリティ障碍とは何か?その2
T.はじめ
 『パーソナリティ障碍とは何か?その1』で説明しましたように 、精神症状はパーソナリティ構造に現実の諸問題が絡み合って起きるのですが、従来の精神科診断は精神症状を集めて診断するカテゴリー分類だったためにパーソナリティ障碍を診断するのには正確さに欠けていました。パーソナリティ自体を診断しようという理由で、カテゴリー分類から症状を生み出すパーソナリティ構造を解き明かすディメンジョン分類へと研究が発展したのは至極当然なことだったのです。DSM−5は病的パーソナリティ構造そのものを診断するためのディメンジョン分類を導入したのですが、臨床医には使い勝手の悪さゆえに拒否されました。そのためにDSM−5では従来のカテゴリー診断が再び採用されて、ディメンジョン分類は付録として巻末に載せられたのです。
パーソナリティ構造は遺伝的気質と環境要因とが互いに関与しながら形成され、現実の諸問題はそのパーソナリティ形成に深く関与するものからそうでないものまであります。パーソナリティ障碍(以下、PD)とはこのパーソナリティ構造の病理性をあらわすのです。
 本小論ではDSM−5のカテゴリー診断について述べる予定ですが、その前にPDの歴史的変遷から辿ってみることにします。
U.DSM-5のパーソナリティ障碍
 1.パーソナリティ障碍概念の歴史的変遷と診断
 PDの診断分類が始まったのはドイツの精神科医クレペリンの「精神病質」やシュナイダーの「異常性格論」(1932)の発表と同じ頃の1938年にアメリカで精神分析の臨床から起こりました。当時のアメリカの精神医学は精神分析の影響下にあってフロイトの神経症と精神病という二つの病態水準の区別が主流だったために、神経症と精神病の境界という意味で「境界例」という用語が用いられました。他方で精神分析領域からは神経症を症状神経症と性格神経症の2つに区別する動きも出てきました。症状よりも性格自体が治療の対象になったのです。
 約40年以上前の学生時代に使っていた大月三郎著『精神医学』(1978)を開くと、神経症の次に人格異常(今日でいうパーソナリティ障碍personality diorders)の項目があります。シュナイダーの分類、クレペリンの分類、そしてWHOのICD−8を実に丁寧に説明しています。先輩医師はしばしば「あの人はハルトローゼだから」と口にしていたのを覚えています。Haltlose(軽佻者)とは意志が弱く軽率で誘惑のままに流されるという意味です。因みにICD−8を紹介しましょう。
 1)妄想性:DSM-5の妄想性PDに相当に相当
 2)情動性:クレッチマーのチクロイドZykloidに相当
 3)分裂病質:DSM−5のシゾイドPDに相当
 4)爆発性:DSM-5の間欠爆発症に相当(とんでもない訳語です)
 5)強迫性:DSM-5の強迫性PDに相当
 6)ヒステリー性:DSM-5の演技性PDに相当
 7)無力性:DSM-5の依存性PDに近い?
 8)反社会性:DSM-5の反社会性PDに相当
 9)その他
 以上ですが、この教科書はとても分かりやすく書かれていて、研修医時代もよく使いました。今日も本棚から引っ張り出しています。
2.DSM-5のパーソナリティ障碍の分類
 さて、DSM-5のパーソナリティ障碍の説明に移りましょう。
 A群(主に認知に偏りがある。奇妙で風変わり)
 1.妄想性PD
   一般人口の2.3〜4.4%。他人が信じられなくて他人は絶えず自分を利用し危害を加える、または騙す人   たちと考えてしまいます。
 2.シゾイドPD
   一般人口の3.1〜4.9%。人と接して自分を変えることを極端に嫌うために臨床の対象になることは少な   い。家族から促されて受診することがありますが、自ら変化を求めて受診することはまずありません。社   会的孤立、対人関係の場での表現がしく、一匹狼、オタク、恋人をもたない、といった特徴があります
 3.失調型PD
   一般人口の0.6から4.6%。統合失調症に発展する割合は少ない。親密な関係で破綻し、親密な関係を作   れない、認知または知覚の歪曲と行動の奇妙さが目立つ、社会的・対人関係的に欠陥があります。関係念   慮を持ちやすく、迷信深い。魔術的な思考と知覚変容と特異な言い回しの会話が特徴。言語と概念のズレ  (自分は仕事で“話のできる”者ではなかった)が見られます。
 B群(感情と対人関係の不安定さ。演技的、情緒的、移り気)
 4.反社会性PD:無慈悲
   15歳から始まる、他者の権利を無視し、侵害する広範な様式。
   少なくとも18歳で15歳以前は行為障碍(非行など)のエビデンスがある、と言われています。30歳まで   に病状は軽くなるか寛解します。情緒表現の誇張が特徴で世話を受けるために他者操作的です。
 5.自己愛性PD:誇大性、称賛されたいという欲求、共感の欠如
   臨床症例では2〜16%。一般人口の1%未満。特有の誇大性が特徴。自分は優れた人間であって、他人は   自分を称賛するために存在する、と考える人のことです。他人の心の痛みが分からないし、周囲から注目   されないと傷つき、怒りで反応します。人生の成功者にしばしば見られるのが誇大型です。それとは逆に   自分の誇大性を裏に隠し臆病で劣等感の強い、周囲の反応に過敏になっている敏感型もあります。
 6.境界性PD:要求がましさ、自己破壊性、見捨てられる不安
   一般人口の1.6から5.9%。外来患者の10%、精神科入院患者の20%。パーソナリティ障碍をもつ人の30   〜60%。いろいろな領域における不安定性が特徴。対人関係、自己像、感情にわたって不安定性が認めら   れ心理的には見捨てられまいと必死の努力をし、日常の些細な他者との別れなどにも場にそぐわない怒り   で反応します。その時に見捨てられる自分は悪い自分だと認知し、悪い自己を排除しようと自傷行為や自   殺企図などが見られます。妄想的に反応し多重人格を呈することもあります。
 7.演技性PD:過度に情緒的で他の注目を惹こうとする(誘惑)
   過度の情緒表現と人の注意を引こうとする様式。一般人口の約2%。女性患者に多い。たまたま改訂版を   書いているときに、ミュージカル映画『シカゴ』(2002)を見ましたが、あの世界観を想像するとよいか   も知れません。
 C群(内的な不安または恐怖を特徴とする)
 8.回避性PD:屈辱と拒絶からの回避
一般人口の2.4%。外来患者の約10%。
回避行動は幼児期または小児期から始まります。内気、孤立、臆病さが特徴。引きこもり青年に見られる   タイプです。周囲から低く評価される、拒絶される、批判されるのではないかと怯えて対人接触を避けて   引きこもっている人たち。
 9.依存性PD:対人関係は控えめで従順で特定の人に隷属する
精神科外来で最も多いパーソナリティ障碍。見捨てられる不安が強い。そのためにBPD と違って、他者に   隷属的になる。
 10.強迫性PD:秩序、完璧主義、統制に囚われ、柔軟性に欠け、抑圧的
   頑固で融通性がない。強迫性のために他人が困っていることには無頓着。
一般人口の2.1から7.9%。精神科外来患者の約3〜10%。自己愛性パーソナリティ障碍も完璧主義に陥っ   ていると主観的で完璧にできたと思いやすく、自分に甘いけど、強迫性障碍の場合は自己批判的です。
V.パーソナリティ障碍の診断と治療について
 2008年8月にわが国ではじめての境界性パーソナリティ障碍の治療ガイドラインが牛島定信先生編集の下に出版されました。本のタイトルは『境界性パーソナリティ障碍障碍〈日本版治療ガイドライン〉』(金剛出版、2008)です。それ以前のアプローチは精神分析を主にやっている精神科医を中心とする力動的精神医学でした。それは1回50分のセッションを週に1、2回行なうもので、医療経済的に割の合わない仕事で一部の精神科医が細々と行なっていました。開業前の私もその一人でした(笑)。
 そして、多くの精神科医は「ボーダーラインは治らない」と治療に悲観的で、出来ないなら止せばいいのに薬物治療を中心に行なって、大量服薬や自傷行為を繰り返す患者を多く産みだしていました。巷には患者さんが溢れ日本の精神医療はお手上げの状態です。救命救急センターの先生たちによる精神科医の評判がとても悪くなりました。興味深いことですが、ODをして困るのは周囲の人たちです。ご本人は身体的には辛い思いをされるでしょうが、精神的には一種の救いを得ています。精神的には周囲が身体的には本人がという役割分担が発生します。これを私は「一人二役の劇化」と呼んでいます。もともとの問題が周りを巻き込むことによって本人の負担を軽くしているのです。これは奇妙な現象ですがとても治療的な意味を含んでいます。話がそれてきました。本題に移りましょう。
 1.パーソナリティ障碍の診断について
 これまで説明してきましたように、DSM診断の欠陥は、十分なトレーニングを積まなくても使えるという利便さにあります。ですから、用いる人によって診断が異なるということも考えられます。また、精神科医の研修にも問題があります。今日でもDSMのパーソナリティ障碍を認めない精神科医も少なくありませんし、若い頃の上級医師の指導をDSM診断よりも優先するために、なかなか一定した診断がつかない、といったこともあります。
 他にもDSMには問題を抱えています。例えば、境界性パーソナリティ障碍の診断でもっとも重要な症状は「見捨てられ不安」ですが、この項目は満たさなくても他の症状を5つ(もしくはそれ以上)持っているとBPDと診断できるわけなので、その整合性を疑われます。やはり、煩雑ですが、DSM‐5の精神を汲んで、これからはパーソナリティ障碍代案をしっかり身に付けるべきでしょう。
 2.パーソナリティ障碍の治療について
 先ず勧められるべき治療的接近は、悪性退行現象(=ボーダーライン化)を防ぐことです。牛島先生は、「退行的な行動異常より、社会的適応面の難しさに注目し続ける」ことが肝要で、「感情や葛藤に囚われている」と泥沼に陥る危険性があると主張し続けています。精神分析をやっていると、患者さんの問題行動の背後にある内的世界を重視する余り、患者さんの日常生活の不適応的な側面から眼を反らす傾向が多分に多かったからです。
次に、薬物治療の工夫です。抗不安薬の使用を控えることです。怒りのコントロールにハロペリドールを少量処方します。これだと大量に服薬しても生命に危険はありません。抗うつ剤の大量服薬は生命の危険が高いので慎重に処方されます。併発する気分障碍や各種の不安障碍にはそれぞれ薬物治療を行ないますが、奏効することは少ない。それよりも処方しながら、主治医との信頼関係を作り上げていく作業が数倍重要になります。
そして第三に、パーソナリティ障碍たる所以の病的パーソナリティ構造に注目する精神療法を行なっていきます。著しく偏った内的体験および行動には理解と共感(validation)の治療態度が欠かせません。そして信頼関係が出来上がるにしたがって病的パーソナリティ特性を共有していく作業へと移ります。その助けに当院ではバウムテストやロールシャッハテストを積極的に行なっています。その過程で、パーソナリティの柔軟性のなさを「矛盾を抱える能力」と「主観と客観を往き来する能力」を育てることによって、成熟させていくのです。最後に、ショートケアを中心とする心理社会療法を行なって社会に送り出す治療を行ないます。
さらに、心理社会療法に加えて当院では、併設する就労支援A型『ドンマイ』で2年間の就労体験を積極的に行っています。時給750円の仕事を1日5時間、週に5日間の就労の中で社会で働く基礎作りを行い、その後の就労支援を行っています。
Y.さいごに  
 パーソナリティ障碍とは何か?という質問に答えてきました。親から貰った素因が成長過程でさまざまなトラウマを重ねた結果、パーソナリティ発達が歪められ、停滞するのをパーソナリティ障碍と考えるようになりました。パーソナリティ発達の過程で、虐待や対象喪失体験、両親の不仲による家庭内の緊張、小学4、5年生の自我の芽生えの時期のイジメや転校による学校生活からのドロップアウトと高校中退、長続きしない仕事といった出来事がパーソナリティ発達の成熟を妨げ、未熟なパーソナリティ構造のまま身体だけが大人といった不均衡をもたらすと考えています。そのために、治療は、未熟なパーソナリティ構造の成熟化が重視されます。治療は、「生きなおし」を重視する外来治療が中心になります。その内容については他の精神科読本をご参照ください。
posted by 川谷大治 at 12:59| Comment(0) | 日記
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