2017年07月08日

精神科読本8「不眠症」

精神科読本8「不眠症」(2017年改訂版)
不眠症
T 不眠症とは
 不眠症は睡眠障害の一つです。睡眠障害は通常、@不眠症、A過眠症、B睡眠のリズム障害、C睡眠中の異常行動に分類されます。本小論では、なかでももっとも頻度の高い不眠症について述べたいと思います。
 不眠のタイプには、なかなか寝付けない(入眠困難)、一旦寝付いても直ぐに目が覚める(中途覚醒)、朝早く目が覚める(早朝覚醒)、の三つがあります。自覚的に「眠れない」(熟眠感の欠如)と感じたら不眠症と呼ばれます。不眠症は、その原因や病態によって9つに細分化されています。
ただ不眠症の診断は大変簡単です。不眠症という言葉を知っている人であれば、医療関係者でなくても誰でも簡単に診断できます。風邪を例に考えると分かりやすいかと思います。熱が出て、喉がいがらっぽくなり、次第に咳込んでくると誰もが「風邪かな」と疑います。しかし、それだけで風邪とは言い切れません。肝炎などでは初期症状が風邪によく似た症状が現れることがあるからです。その場合、血液検査が診断に重要になってきます。
一方、不眠症の場合は、誰でも「眠れない」と自覚して、日常生活に支障を来すようであれば「私は不眠症」「あなたは不眠症」と診断できるのです。また「眠れない」という不眠の自覚は、人によって千差万別です。よく言われますようにナポレオンは4時間の睡眠で充分ですから、彼が「眠れない」と言わない限り不眠症とは診断されないのです。
U 睡眠障害と不眠症の種類
 1.睡眠障害の種類
先に、@不眠症は睡眠障害の一つで、他の睡眠障害にはA過眠症、B睡眠のリズム障害、C睡眠中の異常行動があると述べました。ここで簡単に説明します。
 A過眠症:昼間の過度の眠気のことです。学生が「退屈な先生の授業で眠気を感じる」のを過眠症と呼ぶかどうかは横において、何らかの原因で夜間に十分な睡眠がとれず、翌日「眠い」と自覚すれば過眠症になります。それとは別に、過眠症のなかにナルコレプシーという病気があります。ナルコレプシーでは、昼間の持続的な眠気があり、どんなところでも眠気に襲われそれを我慢できずについ5分から10分ほど眠ってしまうのです(睡眠発作)。目が覚めたときは爽快です。睡眠中に金縛りにあったり、睡眠に入るときに幻覚を見たりします。私が幼少の頃,この病気に罹ったいとこがいました。当時私は5歳ころで,いとこは中学生でした。いとこの家に遊びに行ったときに彼女が「眠り姫」とからかわれていたのを覚えています。その時はその言葉だけが妙に記憶に残っていて,大学生になって「あー,いとこはナルコレプシーだったんだ」と納得しました。珍しい病気ですが,今日では治療薬もあり,彼女もからかわれずにすんだかもしれません。
 B睡眠のリズムの障害:ジェット機で海外旅行に行くときに起きる時差ボケや交代勤務(看護婦などの仕事)などで起きる不眠/過眠を言います。なかには、稀に、地球の昼夜の24時間リズムと合わないリズムを持つために、睡眠時間が毎日ずれてしまう人がいます。1日を24時間で過ごせないのです。
 C睡眠中の異常行動:睡眠中に限って現れる現象のことです。夢遊病、夜驚症、夜尿症は子どもに見られます。私の臨床経験では睡眠中に突然起きあがり暴れ回るという人がいました。
 2.不眠症の種類
 1)精神生理学的不眠症
 仕事上のストレスや個人的な悩みや心配事が続くと眠れなくなることがあります。ストレスは睡眠リズム(約90分の周期)に影響を与え、これを短縮させます。ストレスを少なくするにこしたことはないのですが、人によっては心配事が解消してもそのまま眠れない日が続くことがあり、このような不眠症を精神生理学的不眠症と呼びます。このため日常生活に支障を来し、仕事でミスをしたり、作業をすることが苦痛になることが生じます。不眠症のなかでもっともよく見られるもので圧倒的に頻度が高い。
厄介なのは、心配事のために不眠が生じ、「今夜も眠れないのではないか」と不安が高まり、不眠が不眠を呼ぶ悪循環が形成されます(不眠恐怖症)。性格も関与するのでクスリだけでは解決をみないこともあります。この型の不眠症のなかには体温のリズムが乱れている人がいます。健康な人の体温は、昼間の3時頃から夕方にかけて最高に達し、明け方の4時頃がもっとも低くなります。体温が下降するときにもっとも入眠しやすくなります。加齢現象で60歳を過ぎてくると、最高体温は3時頃に頂点になるなどの変化が生じます。年をとってくると不眠症が増えてきます。男性と女性では女性に不眠症が多い特徴があります。
 2)睡眠時の異常運動に伴う不眠
 寝相が悪くないかどうかを聞くとよくわかります。睡眠中に下肢が急に動いて睡眠を妨げるのです。下肢が瞬間的にぴくんと動いて、膝や足が挙がるのです。この下肢の異常運動を専門用語でミオクローヌスと言います。高齢者の男性に多い傾向があります。ただ、本人は下肢の異常運動を自覚していません。この場合、ランドセンという薬が著効します。また、ムズムズ脚症候群という不眠症もあります。床について眠ろうとすると足がムズムズして眠れなくなるのです。
V 不眠症の治療
 1.医師との共同作業
 先ず、不眠となったきっかけを探します。しかし、慢性に続く不眠症の場合、きっかけは忘れ去られていることが多いようです。もし不眠のきっかけや不眠が慢性化するに至った原因が見つかれば、それが解決されるにこしたことはありません。例えば、アルコール依存症では慢性の不眠症が見られることがあります。うつ病では不眠が必発です。
 2.生活習慣の正常化
 当然のことですが、昼寝や夜早くからの臥床をやめて、カフェインやアルコールの飲み過ぎに注意します。コーヒーでカフェインを摂る場合、コーヒーを一杯飲んで、30分後に脳を覚醒させます。そしてその作用は5、6時間持続します。なので、夕方以降のコーヒーは止める方がよいでしょう。また、無理に眠ろうとするのではなく、眠たくなったときに横になり、翌日の覚醒する時間を決めるのもよいでしょう。
 不眠の代償を昼寝でカバーする場合、経験的にも30分以内に留めたほうがよい。1時間以上の昼寝だと睡眠リズムが乱れ,自律神経にも悪い影響を与えます。だれでも学生時代に授業中の居眠りの心地よさは経験したと思います。あの居眠りが30分以内なのです。これだと心身がリフレッシュし,しかも夜の睡眠の妨げになることはありません。
 3.良質の睡眠をとるための対策
 1)睡眠環境の調整
 室温が27℃から上昇するにつれて、睡眠時間の短縮と深い睡眠が少なくなるために熟眠感が減少します。適度な温度が保たれるとよいのです。騒音は不眠の原因に一つになります。厚いカーテンや二重窓で騒音を遮る必要があります。部屋の明るさ(照明)は個人差があるので、自分にあった明るさがよいでしょう。あと枕や布団の固さなども睡眠に影響を与えます。
2)睡眠習慣の確立
 寝る前に、日本茶やコーヒー、紅茶、タバコは控える方がよいでしょう。ある研究では、チーズや牛乳などのL-トリプトファンを多く含む食物を摂るとよいという報告があります。極端なダイエットで体重が減少すると、夜間にちょくちょく目が醒めたりしやすくなります。軽い運動は寝つきをよくします。特に、夕方遅くの20〜30分の散歩は効果的です。睡眠習慣をつけるには、毎朝の起床時間を決めるとよいでしょう。日曜日など寝過ぎると、その日の夜入眠が難しくなります。その結果、睡眠時間が短くなって目覚めが悪くなります。
 3)モーツアルトを聴く
悩みを解決して,しかも上記の工夫をしても不眠症が治らない方に,確実に眠れる方法を教えます。私の経験ですが,かなり確実性の高い方法です。それはクラシック音楽を寝る前に聴くことです。
私は,中学生の頃,クラシック,それもモーツァルトを聴くとものの数分で深い眠りに陥っていました。当時は,そんな自分に「クラシックは分からないんだ」と,多少自分の感性に失望し,主にビートルズなどのロック系の音楽を耳にしていました。大学生の頃など,粋がってクラシックのレコードを買ってきて一人で聴くのですが,やはりものの数分もしないうちに寝てしまって,「僕にはクラシックは合わないんだ」とがっかりすることを何度も繰り返していました。
ところが医院を開業して,CDが聴ける車を購入して,仕事の行き帰りにCDを聴くようになりました。それが,もうロックはどうしても聴けないのです。聴くと返って疲れるので,自然にクラッシク音楽を選んでいました。それもヴァイオリンに凝って何枚もCDを買い集めました。疲れ果てた心と身体にヴァイオリンがとても心地良かったのです。それで音楽療法のことを少し勉強してみました。すると,疲れた心やくたびれた脳にモーツァルトが良いという論文をよく目にしました。試しに持っていたモーツァルトを聴くとほんの数分で眠りに陥ったのです。しかし今度は,昔のように失望することはありません。それは私がモーツァルトに反応したからだと考えることができるからです。
多くのモーツアルトの曲は,その6割以上を3000〜4000ヘルツ以上の高周波音が占めているのだそうです。そのため,その音を聴くと,副交感神経が優位になって心身がリラックスし,体調が改善すると考えられているのです。モーツアルトは眠りに誘うだけではなく,記憶の改善にも効果があるので,多くの老人施設のバックグランド・ミュージックによく使用されています。どうでしょうか,不眠症で苦しんでいるあなたも今晩からでも寝る前にモーツァルトを聴いては如何ですか。必ずや質の良い睡眠を確保できます。
W 不眠症の薬物治療(睡眠導入剤)
 不眠症の薬物治療はベンゾジアゼピン系の薬が代表的です。この薬以外には、非ベンゾジアゼピン系とバルビツール酸系があります。バルビツール酸系の睡眠薬は、大量に服用した場合生命を失う危険性がありますし、使い続けているとだんだん効かなくなり用量が増えたり(耐性ができる)、依存性が形成されやすいので、当院では使用していません。バルビツール酸系は、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬が登場するまでは睡眠薬の主流を占めていました。その当時の評価(睡眠薬中毒)が今日でも残り、「睡眠薬は恐ろしい」というイメージがあるようです。ところがベンゾジアゼピン系の薬は、このような欠点のない、安全性の高い睡眠導入剤です。また、非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬(アモバンやデパス)も安全性が高く薬理作用もベンゾジアゼピンと同じですので、ここでは同様の扱いをします。ここでは、このような耐性や依存性が少なく、誤って大量に服用しても生命の危険の少ない、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を中心に説明いたします。
 1.不眠のタイプで用いる薬も変わる
 薬は服用されると速やかに血液に吸収され、血液中の濃度は最高値に達した後、肝臓で分解され身体から排出されます。この最高濃度値の半分の値になるまでの時間を半減期と呼びます。この半減期の長さによって、超短時間型(3時間)、短時間型(6-8時間)、中間型(15-24時間)、長時間型(40時間以上)、の四つにタイプ分けされます。
 1)超短時間型、短時間型
 寝つきの悪いタイプの不眠症によく用います。心配事があって眠れない、枕が変わってなかなか寝つけない、明日の試験などを控えて寝つけない、などの場合に用います。慢性の不眠症には向きません。それは薬を止めるときに、急に中断できないからです。徐々にやめるなどの工夫を必要とします。このタイプの入眠剤(ハルシオンなど)は一過性の健忘症を起こすことがあります。一旦寝付いて,途中で覚醒したときの記憶をなくすことがあります。たとえば,途中で目覚めて冷蔵庫のもの食べたことを翌日になって思い出せなかったりします。
 2)中間型
 用量を少なくして軽い不眠症や慢性の不眠症にも用います。入眠障害に加えて、中途覚醒や早朝覚醒がある場合に用います。頑固な不眠にはサイレース(=ロヒプノール)がよく使われますが,この薬はアメリカでは使用許可が出ていません。作用が強いのが禁止の理由になっています。
 3)長時間型
 2日以上も薬が体内に残るので、高齢者には向きません。ただ、薬離れは容易いので慢性の不眠症に用います。というのは、2,3日薬が残っているので、翌日薬を服用しないで眠れることがあるからです。しかし、欠点は昼間眠たくなることです。その場合、用量を少なくするなどの工夫が必要です。
 2.睡眠薬の正しい服用の仕方
睡眠導入剤と言っても、薬をのめば直ぐに眠れるわけではありません。薬をのんで「眠気がくるまで」と考え、テレビを見たりしていると眠れなくなります。薬をのんだら直ぐ布団にはいることです。その上で、起きる時間を決めた方が翌夜の睡眠によいようです。眠れないからといって朝遅くまで寝ていると、昼夜逆転の生活になってしまいがちです。
薬をのむとやめられなくなると考えて、のんだりのまなかったりして悩むよりは、快適な生活を得るためにも、安心して服用することが賢明です。長くのんで、眠れるようになって、止めたくなったときに、医師に相談する方が生活も快適に送れます。超短時間型の睡眠薬は、やめるときに工夫が入ります。急にやめると、反動で2〜3日眠れなくなることがあります(反跳性不眠)。中間型の薬に変更するなどしてやめていくとやめられます。
 3.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
 日本で処方される薬にはゾルピデム(マイスリー)、ゾピクロン(アモバン)、エスタゾラム(ルネスタ)があります。これらの薬に加えて、メラトニン受容体作動薬のラメルテオン(ロゼレム)、オレキシン受容体拮抗薬のスボレキサント(ベルソムラ)といった新しい作用機序を持つ睡眠薬も処方されています。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の特徴は副作用が少なく安全性が高いこと、即効性に優れ作用時間が短い、ことです。特に、ベルソムラは反跳性不眠がないので眠れるようになったときに減薬・中止が容易にできます。欠点は作用時間が短いのと単価が高いことです。

※ 不眠症のことをもっと詳しく知りたい方は、「不眠症ガイドライン」をキーワードにインターネットで調べることができます。「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」に辿りつけます。最新の知識が満載されていますのでご参考までに。
posted by 川谷大治 at 21:24| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: