2017年07月08日

精神科読本7「精神科の薬」

精神科読本7「精神科の薬」(2017年改訂版)
                  神科の薬
T.精神科の薬(向精神薬)の歴史
 本小論では精神科の薬に関する正しい知識と賢い服用の仕方について解説したいと思います。それによって薬の副作用を少しでも少なくできたらと思います。
 1.向精神薬の歴史
 精神科で処方される薬は「精神活動をよい方向に変化させる」という意味で向精神薬と言われます。人類が最初に手にした向精神薬はアルコールです。酒は対人関係を和ませ、飲む人の気持ちを愉快にさせる作用があり、飲み方によっては百薬の長にもなりますが、間違えば命を短くもします。非常に貧しい暮らしを強いられた昔の日本人にとって酒はどんなものだったのでしょうか。室町時代にスペインから宣教師がやって来たときの報告を読むと、「日本人は酒好きで、互いに酒を無理に勧め合い、ある者を酔わせて前後不覚にさせるのを好む。酔っぱらって酩酊するのを自慢する」などと書かれてあります。当時の酒の飲み方も現代の「一気飲み」につながり、400年間変わらない日本人の姿に苦笑を禁じ得ないのは私だけではないでしょう。酒以外にも、茶・コーヒー、タバコ、麻薬、大麻、阿片、コカの葉、などが地球上の各地で、宗教的・医学的な目的で用いられました。南米のグァテマラの山奥では今日でも精神病にかかると、シャーマンによって幻覚を引き起こすキノコを用いた治療が施されているのです。
 19世紀に入って、阿片からモルヒネが抽出され、動植物からの有効成分の抽出や新しい化合物の合成が始まりました。向精神薬としては、催眠・鎮静薬がこの頃登場しました。これらの薬を用いて持続睡眠療法という治療法が編み出されました。精神病を患うと、鎮静させるために、数日間の睡眠を持続させて治療したのです。また逆に、精神に異常を発現させる物質(幻覚剤)も合成されました。代表的な薬としてLSDがあります。しかし、精神疾患の治療にこれらの薬物が用いられることは少なく、逆に中国では阿片中毒のような悲劇が起きたのです。
 2.抗精神病薬フェノチアジンの登場(1952年)
 抗精神病薬(神経遮断薬)が登場したのは第二次世界大戦後です。抗精神病薬の走りとなったフェノチアジンという薬は、19世紀に色素の合成原料としてつくられました。1930年には駆虫薬として、1940年代にはその誘導体が抗ヒスタミン剤として注目されました。抗ヒスタミン剤は今日でも鼻水止めの薬として用いられています。ところが、抗ヒスタミン剤を服用すると頭がボーっとして眠気が副作用として出ます。この副作用が脳に対する中枢作用によるものと言うことが分かり、研究に拍車がかかりました。より強力な催眠・鎮痛効果をもつ「脳に直接作用する中枢性の自律神経安定剤」が研究されるようになったのです。フェノチアジン誘導体の一つであるクロールプロマジンはフランスのローヌプーラン研究所によって開発され、最初は麻酔薬の効果を延長させる目的で手術前の患者に投与されました。その際に、穏やかだが無表情で手術に対する無関心さが観察されたのです。それがきっかけで、1952年にDelayによって精神科の患者に初めて投与され、統合失調症を中心にその有効性が見出されたのです。これが今日の向精神薬による治療の幕開けとなりました。
 3.抗不安薬の登場(1960年)ーいわゆるトランキライザー
 ベンゾジアゼピン系の抗不安薬はアメリカのロッシュ研究所で開発されました。1960年にクロールジアゼポキシドが染料から化学合成されました。続いて1963年にはジアゼパンが生まれました。わが国では前者は1961年に後者は1964年に商品名で承認発売されました。以来、ベンゾジアゼピン系の薬は数多く開発されてきました。しかも抗不安薬の薬理作用の一つである催眠効果は優れ、安全性の高い多くの種類の睡眠導入剤が開発されました。
 4.三環系抗うつ薬(1957年)と抗躁薬(1949)の登場
 三環系の抗うつ薬の第1号はスイスのガイギー社で開発されたイミプラミンです。1957年にうつ病に投与されてその有効性が確認されました。以後、多くの三環系の抗うつ薬が開発され、最近では副作用の少ない四環系の抗うつ薬も開発されています。優れた抗躁病効果をもつ炭酸リチウムは1859年に痛風と膀胱結石の治療に用いられていました。炭酸リチウム(商品名:リーマス)は原子番号3の元素で自然界には昆布に多く含まれています。躁病に使用されたのは1949年と早かったのですが、使い方が難しく、血液モニタリングができるようになった1980年頃から急速に使用されるようになりました。最近では、再発性の頑固なうつ病や感情調整薬として用いられるようになっています。
 5.SSRI、SNRI、そして非定型抗精神病薬の登場
1990年代から登場した、これまでの向精神薬の副作用を改善した画期的な薬です。
U 抗精神病薬
 今日では定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬に分類されます。1950年代の抗精神病薬の発見により、統合失調症の症状は興奮や幻覚や妄想などの陽性症状に関心が払われていました。定型抗精神病薬によってこれらの症状は劇的に改善されるようになりました。しかし問題点がいくつか残されていました。薬による副作用があることと統合失調症自体の回復には必ずしもつながらなかったという反省です。幻覚や妄想は改善されても、四季を感じ、世の移り変わりに関心を示し、目的ある生活を送り、恋人と語り合い、時には芸術を楽しむといった、人生を生き生きと過ごすことまでには改善されなかったのです。家にこもり人と会いたがらない、生活を楽しめない、感情が鈍になるなどの陰性症状には定型抗精神病薬は効果が薄かったのです。
 1.定型抗精神病薬:開発された1950年代から1980年代までは統合失調症の第一選択薬でした。主なものにフェノチアジン系やブチロフェノン系の薬があります。興奮、幻覚、妄想に優れた効果があります。ただ、筆者は神経症やうつ病や躁病にも少量用いることがあります。それは、内的な興奮が強いとか怒りが激しいときに鎮静作用を期待して用いています。定型抗精神病薬には強力な抗不安作用があるのです。これまで長期間苦しんでいた神経症の方が完治した方を経験しています。少量の投与(統合失調症に使用する量の10〜20分の1程度)ですので副作用も少なくて済みます。
 主な定型抗精神病薬として、コントミン、ヒルナミン、セレネースなどがあります。急性期治療と維持療法と再発防止の目的によって使い分けられます。一般に急性期症状の改善にともなって薬物も減量されますが、その量は薬物の種類や患者によってまちまちです。薬物治療を勝手に中断しますと、中断後3〜6ヶ月以内に70%の方が再発すると言われています。しかし維持療法はいつまで行うかという疑問は大変難しい問題です。急性の発症の場合は治りが良い割に再発もしやすいとか、その人を取り巻く環境も考えなくてはいけません。
 定型抗精神病薬の問題点は副作用が強いことです。非定型抗精神病薬が登場するまでは統合失調症の第一選択薬でしたが、今日では四番目に選ばれるか、非定型抗精神病薬の効果が出るまでに短期間補助薬として用いられたりする程度になりました。そのため上記の薬は古典的神経遮断薬とも呼ばれています。
【副作用】
1)投与初期:過剰に鎮静させることで一日ボーっとして頭の働きが鈍ることがあります。また錐体外路症状といわれる症状があります。その一つに、精神を安定させるための薬なのにかえって落ち着かなくなることがあります(アカシジア)。人によっては身体の動きが緩慢で固くなることもあります(パーキンソン病)。しかし以上の副作用は量を加減するなど、副作用止めの薬(アキネトン)で軽減されます。その他の副作用には鼻づまり、口の渇き、立ちくらみ、便秘などの自律神経症状、薬物アレルギー、けいれん、脳波異常が見られることがあります。幼い頃に熱性けいれんを頻回に経験した方は、けいれんを引き起こさない薬を服用した方がよいでしょう。
2)長期連用:大量の薬を長い間飲み続けていると、肥満や月経停止が見られることがあります。これらは薬の調整が必要になってきます。また、遅発性ジスキネジアといった口のもぐもぐ運動が頑固に続くといったことがあります。時には、口の渇きのため水を飲み過ぎて水中毒にかかることがあります。
3)重篤な副作用:上記の薬を服用していて注意しなければならない重篤な副作用は悪性症候群です。頻度はまれなのですが、急激な高熱(40度)、著名な発汗、過剰な唾液分泌、体が硬くなる、全身のふるえ、意識が遠くなる、などの場合は服用を中止し、主治医に連絡してください。身体が衰弱しているときに大量の抗精神病薬を服用すると起きやすいので注意が必要です。
 2.非定型抗精神病薬
 定型抗精神病薬の反省に立って登場したのが非定型抗精神病薬です。意欲を高め、人間関係を良くし(他人に対する猜疑心や攻撃心を弱める)、思考の働きを良くする薬が開発されたのです。非定型抗精神病薬の登場によって、「霧が晴れたようにある」、「好きな小説が読めるようになった」、「音楽が分かるようになった」と喜んだ患者さんが増えたのです。非定型抗精神病薬に分類される薬にはリスパダール、ジプレキサ、セロクエル、ルーラン、エビリファイ、ロナセン、シクレストという薬があります。しかもこれらの薬は定型抗精神病薬の厄介な副作用が少ないのが特徴です。ただ、リスパダールの体重増加、ジプレキサの体重増加と糖尿病の併発、セロクエルの体のだるさと体重増加と糖尿病の併発が生じるのは難点です。そして、薬の値段が高いのも頭の痛いところです。
V 抗不安薬
 精神科読本シリーズ「神経症」で解説したように、神経症の本質は不安にあります。この不安は「落ち着きがない、なんとなく恐ろしい、じっとしておれない、緊張する、イライラする、何か不吉な予感がする」といった精神症状と「動悸、めまい感、呼吸困難感、下痢や食欲不振、肩こり」などの身体症状としてあらわれます。対象のない漠然とした不安感は一般人口の2〜5%に見られるという調査報告もあります。不安は神経症、うつ病、心身症などによく見られます。極度の不安状態の時は抗精神病薬を用いることがあります。抗不安薬はこのような不安感や身体症状を軽減します。その代表的な薬がベンゾジアゼピン系(BZD)の薬です。
 BZD系の抗不安薬としては以下の薬がよく使われています。
 1.抗不安作用が中等度の薬:セルシン
 2.抗不安作用は強いが副作用も出やすい薬:レキソタン、ワイパックス、セ   パゾン。しかしワイパックスは高齢者にも安心して使えます。
 3.新しい抗不安薬:コンスタン、メイラックス、デパス、などがあります。コンスタンはパニック障害の第一選択薬です。デパスはわが国で開発された薬で抗不安作用はセルシンの数倍と強く、筋弛緩作用も優れています。
 4.BZD系以外の抗不安薬:βーブロッカー(ミケラン、インデラ   ル)が有名です。動悸、振戦、発汗などの身体症状に効果があります。不安神経症によく用いられます。
 【ベンゾジアゼピン系抗不安薬の薬理作用】
 1.抗不安作用:過度の不安や緊張を軽くし、怒りや周囲からの影響を少なくします。泰然とした心理状態になります。
 2.抗けいれん作用:抗てんかん薬として使用されます。
3.筋弛緩作用:筋肉の緊張を緩和します。肩こりや腰痛にも効果があります。
4.催眠作用:睡眠に誘い不眠を解消します。
 【ベンゾジアゼピン系抗不安薬の副作用】
 上記の薬理作用が過剰になると副作用として出現します。たとえば、催眠作用は眠気や倦怠感として、筋弛緩作用は脱力感やふらつきとして現れることがあります。催奇形性の問題も他の薬よりも軽く、内臓に負担の少ない、安全性の高いのがBZD系の長所なのですが、長期連用による常用量依存が問題になっています。BZD系抗不安薬の常用量依存とは「本来の症状は改善したものの、服用を中止すると離脱症状が生じるため断薬できない病態」を指します。そしてその常用量依存は「社会的障害は目立たないものの、離脱症状のために中止ができない静かな依存」なのです。症状が軽減し、生活に支障を来さなくなったら、離脱症状を防ぎながら徐々に減量していくと、中止できます。
W 抗うつ薬と抗躁薬
 1.抗うつ薬
 三環系抗うつ薬はイミプラミン(商品名:トフラニール)から始まりました。三つのベンゼン核を持っているので三環系と呼ばれています。トフラニール以外にはトリプタノール、アナフラニールなどがあります。トリプタノールは不安・焦燥感の強いうつ病に、トフラニールは意欲の低下やパニック症状に、アナフラニールは抑うつ気分・強迫症状にそれぞれ効果があります。これらの薬は効果発現までに10日は要することと、副作用(立ちくらみ、口渇、便秘など)が抗不安薬よりは強いことが難点ですが、抗うつ効果はシャープで絶大です。
 1980年から、三環系抗うつ薬の欠点を少なくした第2世代の抗うつ薬の四環系抗うつ薬が開発されました。効果発現が短く、副作用が少ないのが特徴です。テトラミド、ルジオミール、テシプール、などの薬です。
 そして、1991年には副作用は少なく三環系抗うつ薬と同等の抗うつ効果をもつデジレルが登場し、第3世代の時代に突入しています。そして選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が米国を始め欧州でも驚異的に用いられるようになってきました。今ではSSRIは世界bPの売り上げを記録しています。日本では1999年からルボックス、デプロメール、パキシルという薬が市場に出ています。さらに2000年からはセロトニンとノルアドレナリンの双方の再取り込みを阻害する薬SNRI(トレドミン)が登場しました。SSRIの厄介な副作用である消化器症状が少ないのが長所ですが、男性で排尿困難を起こしやすいので前立腺肥大症の方には不向きです(詳しくは精神科読本2「うつ病」を参照)。
 以上の抗うつ薬以外にはドグマチールがよく用いられます。非常に便利な薬で少量だとほとんど副作用がありません。ただホルモン系への副作用があり、女性では月経不順や乳汁分泌が見られます。しかし投与を中止すると元に戻ります。最近では、ランドセンというベンゾジアゼピン系の薬に抗うつ効果があることが分かりました。抗躁薬のリーマスと同じ感情調整作用があります。また甲状腺末は遷延性のうつ病に効果があることが分かっています。半年以上もうつ状態が続いている人の場合、甲状腺機能を測定することが勧められます。
 2.抗躁薬
 先にも紹介したように、炭酸リチウムが躁病に用いられたのは早く、広まったのは1980年代に入ってからです。躁状態の60〜80%程度の方に有効です。リーマスの効果発現には5日間以上程かかりますので、治療初期には抗精神病薬の併用を必要とします。軽症から中等度にはリーマスが効果的ですが、重症になると抗精神病薬が効果的です。副作用は中毒作用です。吐き気や手指の振戦や多尿が比較的早く現れます。長期連用の場合甲状腺の機能を検査する必要が出てきます。これらの副作用には注意が必要です。血中濃度をモニタリングしながら服用する必要があります。テグレトール、デパケン、そしてラミクタールという抗てんかん薬は抗躁薬としても用いられます。また、リチウムは1940年代のアメリカで血圧を下げるための代用品(塩化リチウムは食塩と同じ味)として使われたことがあります。ですから、食塩の摂取量が少ないと炭酸リチウムの副作用が出やすく、逆に多いとリチウム濃度が下がり効果が少なくなります。これが、炭酸リチウムを服用するときは食塩の摂取量を8〜10g程度の一定量にすることが望ましい理由です。
X 向精神薬と他の薬との相互作用
 向精神薬を服用して質問が多いのが他の薬との併用についてです。基本的には、アルコール以外のものであれば、安心して併用してかまいません。できれば薬の種類は4種類を越えないようにしてください。しかし、他の慢性疾患を併発しどうしても4種類以上の薬を併用しなくてはいけない場合、主治医によく相談することです。
 注意を必要とするのはリーマスを考えておいて下さい。リーマスは腎臓で再吸収され排泄されます。したがって、腎臓の働きに作用がある薬が心配になってきます。たとえば、風邪を引いたときに服用するアセトフェノミノン(PL顆粒や市販の総合感冒薬に含まれています)がリチウムの血中濃度を高めますので要注意です。風邪を引かれたときは主治医に相談して下さい。抗精神病薬の場合、喫煙によって血中濃度が低下することが報告されています。また、コーヒーと一緒に飲みますと、互いに結合するために凝縮し腸からの吸収が悪くなります。コーヒーは1日に3杯以下に減らした方がよいでしょう。
posted by 川谷大治 at 21:17| Comment(0) | 日記
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