2017年07月08日

精神科読本6「親のための思春期講座」

精神科読本6「親のための思春期講座」(2017年改訂版)
『親のための思春期講座』
T はじめに
思春期の子どもたちの診断と治療が難しいのは、「思春期ならびに青年期の精神病理はしばしば非定型的で個人差があり、しかも時間の経過や状況の変化にともなって推移する」(西園)からです。子どもは小学校の高学年になって思春期に入ります。自分について考えるようになるので,この時期を特別に自我の芽生えと言います。自分を周囲との関連で考えるようになり、恥の感情や劣等感を抱きやすい時期でもあります。
この頃から、子どもは身体的・生理的変化に刺激され、心を揺さぶられるようになります。そしてそのまま中学校といった一回り大人びた社会に入っていきます。中学に入学した当時を思い出して下さい。そのとき子どもは独りのときの自分と集団の中の自分との両方を経験し意識するようになります。子どもは集団のなかで自分を見いだせずに苦しみ悩み、何かに自分の価値を見出そうと必死なのです。そんなときに、理想的な自己を発見できるような人との出会いは喜びであり勇気づけられます。思春期は人との関係が重要になる時期なのです。
 本稿では、日常よく遭遇する思春期の子どもたちの診察場面から論を起こし、そのときどのような対応をとったらよいのか、家族はどのような配慮をすべきか、等について述べたいと思います。
U 思春期に起こりやすい精神症状と行動異常
 1.思春期に起こしやすい精神症状と行動異常
今日の思春期患者の大きな特徴は「パーソナリティの未熟化」と言われる現象です。たとえば振る舞いは発症する前と比較して幼児的になり、心の内に起きる感情や葛藤を自分の悩み、苦痛として感じないように行動でもって処理し、その多くが他者を巻き込んでいきます。応対した相手次第で症状も変化し、行動異常を伴うことが多くなります。抑うつ的かと思えば、精神病的でもあり、世間を騒がす問題行動も起こすのです。以下にその特徴を述べてみましょう。
 実際にはそうでないのに、「人が僕の悪口を言っている」、「『馬鹿、死ね』という声が聞こえる」と言った話を子どもが口にするなら、子どもに異常事態が起きていると判断できるでしょう。加えて、眉間にしわを寄せ、あたりをきょろきょろうかがったり、コミュニケーションが取れないのであれば、迷わず精神科へ連れていくでしょう。また、表情が冴えず、全体に活気がなく、会話が少なくなり,食事もいけなくなるとうつ病を疑うでしょう。加えて,不眠(早朝覚醒)、特徴的な自律神経症状、体重減少、などの身体症状があればうつ病は間違いないでしょう。
 ところが、このような子どもたちでも、相手次第で、受け答えも良く、家族の話とは別人のような反応と態度を示す子どもがいるのです。たとえば家では、家族と口をきかず、友達とも会わず、部屋に独りで閉じこもり、昼夜逆転の生活を続ける子どもがいます。それも、2カ月も3カ月も閉じこもり続けるのです。しかし彼らが必ずしも統合失調症を患っているわけではありません。現実社会(学校)でのつまずきから、そのような行動異常に発展していることがあるのです。
 また精神科以外の科を最初に受診する子どもたちの中には、身体に関する強いこだわりを持つ子どもがいます。自分の身体の一部から臭いが漏れていると必死に訴える子ども、鼻の形が醜いので形成したいと言ってきかない子ども、さらには包茎の手術の段取りを母親にさせる子ども、がいます。母親は子どもの性的な相談にゆとりを失い、子どもの心を理解することを忘れ、親子で病院を奔走する事態になるのです。そしてこのように、変化する身体と自己形成とを巡る問題が、家族を巻き込んだ問題へと発展するのが思春期の特徴でもあるのです。
そして日常の診療でよく遭遇するのが身体の不定愁訴です。めまい、肩こり、頭痛、胃腸障害、などを訴えて精神科以外の科を転々とすることがあります。事態が長引くあいだに、親は怠けていると考え、一方子どもの方もそんな言葉に傷つき、親子関係は険悪になり、最悪の場合は家庭内暴力にまでエスカレートするのです。中には、親の方が子どもの登校拒否を認めたくないがために積極的に精神科以外の医療機関を連れ回る場合もあるので要注意です。
1)統合失調症
 幻覚や妄想などの陽性症状を示していない初期統合失調症の診断は熟練した精神科医でさえ難しいときがあります。口数が少なくなり表情がなくなった,友達と連れ立つことが少なくなり,休みの日など家で過ごすことが多くなって,学業成績も次第に低下してきた,となると統合失調症が考えられます。また中には、幼い頃から偏った発達(運動音痴、手先が不器用、人の中に入れない、親が指示しないと新しいことに取り組まない、など)をしながら成長して、思春期に突入して明らかな統合失調症症状を示す場合もあります。
2)うつ病
 うつ病の若年化が注目され、今日では思春期のうつ病はそれほど珍しくありません。思春期うつ病の多くが社会適応に失敗して発症します。不登校の15%はうつ病であると言われています。社会適応の失敗は男子と女子で微妙に違ってきます。男子だと学業成績や部活の人間関係でつまずき,女子だと友達との関係で傷つき学校に行けなくなってうつ状態に陥る人が多いようです。自分にとって大切なもの(夢や誇り)を失ったときにうつ病になるようです。なるようです,と曖昧な表現をしているのは,他にも種々の原因が考えられるからです。思春期の課題である理想と現実のギャップを埋めていく中でのつまずきのことが多いのです。
3)思春期心性と関連して理解すべき疾患
 以前、わが国でよく見かけた対人恐怖症(赤面恐怖、自己視線恐怖、醜貌恐怖、自己臭恐怖など)と言った病態は「恥」や「恐れ」をテーマとする精神症状が主体でした。中には思春期妄想症と呼ばれる統合失調症に近い病態を示す者もいましたが、最近では代わって、登校拒否や家庭内暴力、手首自傷(リストカット)、摂食障害、境界性パーソナリティ障害(思春期境界例)、家出や有機溶剤乱用などの行動優位の患者が増えています。なかでも、境界性パーソナリティ障害は、多彩な精神症状を持ち、頼っている人に拒絶されると、容易に手首自傷や服薬自殺企図を繰り返すので、精神科の中でもより専門的な対応を必要とします。
 2.態度・コミュニケーションの特徴
 子どもの多くが家族と一緒に医療機関を訪れることになります。私の前では、家族に促されて、自分の困っていることをぽつりぽつりと話し出す子どももいますが、多くは投げやりで、視線を合わせないことが多い。反抗的だが依存的で、権威に従順かというとひどく反発します。そのなかには、やっと医療機関に子どもを引っぱり出すことに成功した家族もいます。その場合、患者の大半が頑なに心を閉ざし、私の対応次第では心を開いてもよいような態度を示します。受診動機を尋ねると、「僕は何も困っていない。親が行こうと言うからただ付いてきただけです」と強がります。しかし、「そう言う親の薦めを断りきれなかったのは、どこかであなたも同意しているのでしょうね」と辛抱強く相手をしていると、素直で依存的な一面を示してきます。そうなると私を理想化し、一過性に事態が改善することがあります。自分をよく理解してくれる医師に出会うと、子どもたちは元気を出します。この体験で立ち直る場合もありますが、最近の子どもの中には、私の前では全幅の信頼を寄せているかと思うと、家では同じ私を見下し、蔑むような発言をして親を当惑させることがあります。この心の働きは、心に思い浮かべる人物や世界と自己を「良い」と「悪い」に二分するので「分裂」現象と呼ばれます。「良い」と「悪い」が分裂し、決して両者は混じり合わないので、対人関係は不安定になってきます。これは境界性パーソナリティ障害に特徴的な対人関係で辛抱強い専門的な対応が必要になってきます。
3.身体の留意点
 身体は多くの情報を提供します。身体に現れている第二次性徴の重要性は敢えて述べるまでもありませんが、医師の指示通り胸をはだけて自分の身体を医師に委ねるかどうか、その時のしぐさや恥じらいの表情などから、彼らが自分の身体の変化を心理的にどう受け入れているかが分かります。登校拒否の子どもによく見られるのが、自律神経の過敏状態(発汗、微熱、背中や肩のこり)です。また身体診察のあいだ、落ちついて椅子に腰掛けておれるか、家族に視線を送ったりはしないか、爪かみなどの癖が見られないか、関わりながら彼らの情緒発達が観察できます。またタバコによる「根性焼き」の痕、腕や手首の切傷、指を口の中に突っ込んでおこなう自発的な嘔吐のために見られるこぶしの吐きだこ、などは重要なサインになります。 
 4.生活史で重要な事項
子どもの発達ラインを考えるとき、思春期には重要な時期が2つあります。小学4、5年の「自我の芽生え」と「魔の中2の2学期」と言われる時期です。この時期に、子どもはさまざまな身体症状や不適応反応(たとえば登校拒否)を起こしやすくなります。このような子どもは、幼い頃に同じ様な訴えをしていることが多いのです。たとえば、環境の変化、行事や催し事のたびに、自家中毒、原因不明の発熱、腹痛、頭痛、などの自律神経症状で小児科を受診していることがあったり、母子分離がうまく進まなかったり、他の園児たちの中に入れないために幼稚園で特別の配慮をされたりしていることがあります。だから母親から離れて家庭外の集団(幼稚園)に入るときの適応スタイルを知ることは、家族が現在の子どもの苦しみを理解できるきっかけになることがあります。
 こうしたいろいろな身体症状や不適応を引き起こす誘因の一つに思春期の性の問題があります。私の経験では、家族旅行中に月経がはじまり、そのときの父親の対応のまずさから3年間も登校拒否状態になった女子がいました。また射精が始まっていない中1の男子は数人の女子グループに発達の遅れをからかわれたのを契機に頑固な頭痛が生じ登校拒否をおこしました。また不幸な生い立ちや過去に性的外傷体験のある女子の場合、思春期の混乱を性急に異性に救いを求める傾向が出てきます。早すぎる性です。正常発達的には、異性の前に同性とのあいだで繰り広げられる同性愛的関係がその後の異性関係への橋渡し的役割を担います。そのためにクラブ活動やアイドル歌手へのあこがれが重要な交流の場となるのですが、こうした段階が彼女らには見られずに、ストレートに異性関係を持つと言った危険な異性との交流が見られるのです。プラトニックな異性関係を経ない早熟な性行為は、パーソナリティ形成過程の障害になることがあるのです。
 5.こころの発達
 それでは「自我の芽生え」の時期と「魔の中2の2学期」について詳しく述べましょう。子どものこころの発達で大切なことは、幼いこころの部分と年相応のこころの部分が混じり合っていることです。決してこころは直線状には発達しないということを押さえて置いて下さい。2012年発刊予定の『現代 児童青年期精神医学』(改訂第2版)に投稿した論文を下書きにしています。
 1)小学生のこころ
 子どもの大脳皮質の発達は10歳前後を境にブレイクします。それは10歳以前の短期記憶中心から物語記憶へと移行する段階です。たとえば、運動会でビリになっても小学1年生の頃は明日には忘れることができたのが、10歳以降ではいつまでも記憶に残り、子どものこころを苦しめるようになるのです。そして、子どもたちは他者の視点を通して自己を見ることができるようになります。それは新しい世界を子どもにもたらす一方で他人が自分のことをどう見ているのか悩ませます。自分が他者よりも劣っているのかそれとも優っているのか、また過去の自身の考え方や行為を振り返り不安と緊張を孕むようになるのです。つまり恥・劣等感・不全感に悩まされるようになるのです。またこの時期は同性の仲間と徒党を組み、行動を共にすることを楽しむようになる時でもあります。それだけに、この頃の仲間からの孤立は強い劣等感を抱かせます。そして虐待やいじめといったトラウマは自己否定に彩られた自己像(「私は悪い子」空想)を抱かせ自己を育む自己像を描けなくさせるのです。
 2)魔の「中2の2学期」
 子どもたちにとってこの時期は「共同体か自己か」という弁証法的な緊張関係の中で、つまり、自己の欲求を押し通すと共同体と衝突し、共同体の益を優先すると自己を失う、という矛盾を経験しながら成長していくので、現実世界が内的世界にとって侵害となることもあるし、内的世界が病理に彩られていると外的世界を客観的に見ることもできなくなります。あなたの子どもさんが近所に迷惑をかけるほどの大音量でロックを聴いていたとします。その時あなたはどのように子どもに対応しますか?「近所迷惑でしょう!止めなさい」と言って素直に応じた子どもには問題があります。この時に親と揉めることで子どもは成長していくからです。争いを避けたということは成長をストップさせたことと同じことなのです。「クソババ」と悪態ついて音量を下げるのがこころの発達に繋がるのです。
 3)17歳のこころ
 逆に、高校生になると自己不全感が最も激しくなり、外的世界よりも内的世界の病理性の比重が大きくなります。高校生の多くが現実世界から引きこもり内的世界(空想)に浸りこころを成熟させていきます。悩みが大人にさせていくのです。この時期にはしっかり悩ませることです。またこの頃は精神疾患の好初時期でもあります。気分障害、統合失調症、摂食障害、パーソナリティ障害等が代表的な疾患です。対社会(家庭や学校)に対する反抗よりも自己破壊的になって自傷行為に走る者が増加しうつ状態を呈する者が増えるのもこの時期です。
 3)大学生のこころ
 さらに高校卒業後、大学進学や就職というアイデンティティの確立の段階へと入ると、「これが私だ」という回答を見出せるかどうかが課題になります。「普通であること」「何にでもなれる」という社会的自己の確立が困難になった現代社会では若者にとっては生きづらくなって、空虚感に彩られた抑うつ、アパシーになるのです。高校生と違ってこの時期の自己破壊的行為はいよいよ深刻なものになり、自傷行為も反復される傾向が強くなります。
 6.どのような子どもが思春期につまずきやすいか
 答えは意外と簡単です。「誰でも」です。この時期につまずかない子どもは,将来小物になると考えてよいかもしれません。江戸時代の鍋島藩の山本常朝という武士が隠居して武士道を論じた「葉隠れ」という書を残しました。その中に,若い頃はハチャメチャで周りを困らせるくらいが成人して立派な侍になると書いています。逆に,若い頃から大成していると成人して立派な侍になれない,とも書いています。ハチャメチャで周りと衝突する人は,それだけ心の痛みを経験し他人の心が分かる侍に成長するということでしょう。ところが最近の子どもたちを見ていると,将来成長するようなハチャメチャな子どもが少ないように感じます。幼い頃からハチャメチャだときっと周囲からつぶされて仲間からも追放されてしまうのでしょう。そのため恥と劣等感が強くなり,他人の心に共感できない,自己愛的な空想に耽る子どもに成長するような印象を持っています。それだけ子どもたちの世界が貧しくなっているのでしょう。
現代の子どもたちは遊びに満ちた避難所を失っているのかもしれません。リストカットを繰り返す子どもたちの心の中は草木1本も生えていない寒々とした世界です。私の前ではとても愛嬌のある他動傾向のある男の子の心象風景は人間が一人も存在しない寂しい世界でした。誰がこんな子どもにしたのか,と怒りを覚えたことがあります。「心ある親なら子どもたちの叫びを感じろ」と思ったことは一度や二度ではありません。
 7.家族の対応
 思春期の子どもたちの対応で大切なことは、今・ここで起きている問題に、常識者としての判断と常識を越えて理解に努めようとする、つまり偏見や先入観にとらわれない姿勢の両方を持ち合わせることが必要です。たとえば、包茎の手術を受けるために母親に受診の手続きをさせている高校生の場合で考えてみます。常識的に考えて、高校生にもなって母親に自分の性的悩みを打ち明けること自体が異常ですが、常識を破ってまで親子を結びつかせているものは何かを理解する姿勢が必要なのです。こうした態度に触れて子どもたちは警戒心を解き、その時の心理的戸惑いや課題をじっくり体験する姿勢が生まれるのです。ただそのためには時間がかかります。早急な解決を求める子どもとそう願って止まない家族に対して、われわれが出来ることは、自分でも処理できがたい相矛盾する感情や考えを時間をかけて体験できるような家庭や学校、社会の環境を如何に用意するかではないでしょうか。悠長なことは言っている暇はない、とお叱りを受けそうですが、共に乗り越えていくことが最も大切な点なのです。どうか短期間で事態が解決しないからと言ってあきらめないで下さい。成長には時間と家族以外の人との関係が必要なのです。
V.おわり
 以上、思春期患者の精神病理の特徴とその対応、家族の対応について述べてきました。最後に強調したいことは、思春期の子どもは自分たちの問題を自らの力で乗り越えるほどのパワーと創造性、つまり自己治癒力を持っていることです。わたしたち精神科医は彼らが成長するための時間と場所を保証することだと考えています。
posted by 川谷大治 at 16:22| Comment(0) | 日記
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