2017年07月08日

精神科読本4「神経症」

精神科読本4:神経症(2017年改訂版)
                   『神経症』
T 神経症とは何か
 神経症という医学用語はヒステリーという用語同様、現在使われなくなりました。なのに何故取り上げるかと言いますと、20世紀初頭の欧米の精神医学界では精神病と神経症という2つの疾患を想定し、その間に性格異常(今日のパーソナリティ障碍に相当する)という概念を想定していました。そして神経症は「心因性」で発症し、精神病の対立疾患として捉えられていました。ところが100年後の2017年現在の精神医学界は神経症という用語を廃することによって、「心因」よりも症状中心のカテゴリー診断を優先させ、人間のこころの深い問題を疎かにしているので、私は取り上げたいと思ったのです。将来、「こころ」を想定しない精神科は脳内科と呼ばれていく危険性が非常に高いと危惧しているのです。現在の精神科の潮流は「脳内科」へと進んでいるのです。 1.神経症研究の歴史
 神経症neurosisという医学用語は、スコットランドの医師W・カレンが1777年に最初に使用しました。その概念はきわめて包括的なもので、以下の病気をすべて含んでいました。 
@脳や神経に病変が認められる脳器質性疾患
  脳血管障害(脳梗塞や脳内出血)、パーキンソン病、重症筋無力症、脳炎などの病気です。現在では、主に  脳外科や神経内科で治療されています。
 A身体病に伴う二次的な精神の異常
  内臓や甲状腺などの内分泌器官の病気などです。主に内科の病気です。
 Bてんかん
  意識を失う小発作から全身のけいれんまであります。脳波の異常が見られ、主に薬で治療されます。主に小  児科や精神科で治療しますが、難治性のものは脳外科で治療することがあります。
 C統合失調症や躁うつ病
  主に精神科で治療されますが、軽いうつ病は心療内科でも治療されます。
 Dヒステリーや強迫神経症
  精神科の治療対象になります。
 その後、@からCまでの病気が、医学の進歩によりそれぞれの病名を与えられて、神経症という病名から除外されました。そして残ったDの病気が神経症として扱われるようになったのです。さらに19世紀末以降、シャルコー、ジャネ、フロイトらによって神経症の「心因性」が注目され、心理機制の解明が進み、神経症は解剖学的・器質的な意味での「神経」の病気ではなく、精神的な原因によってひきおこされると理解されるようになりました。つまり、神経症は精神的原因によってひきおこされる病気で、心因性の心身の機能障害なのです。したがって、神経症という言葉はこの病気の本質をあらわしていません。一般の方は「神経症」を神経の病気と誤解している人も多いのではないでしょうか。その誤解は「神経症」という語の使い方によるものが大きいのです。 また今日でも、神経症のドイツ語読みのノイローゼという言葉が、幻覚・妄想を主症状とする精神病のことを指すと誤解する人も一般社会には少なくありません。恐らく神経症現象という領域が、その治療に携わる人でないかぎり、未知の世界のことであるのも関係しているのでしょう。最近の精神医学界では、「神経症」という用語は使用しない方向に進んでいます。
 2.神経症の症状とは
 今日の神経症の概念と理論は精神分析医フロイトに負うところが大きい。フロイトは19世紀末ヒステリーの研究からはじめ、後には神経症一般を扱うようになりました。フロイトが扱った神経症の症状とはどんなものだったのでしょうか。神経症症状には様々な症状があります。それを列挙してみましょう。
 @転換型ヒステリー症状:身体には異常(病気)はないのにいろいろの運動・神経系に異常がおきます。身体  のどこにでも症状が現れます。代表的なものには、
    足:自分の力で立つことも歩くこともできない(失立・失歩)。
    手:しびれや感覚の麻痺(感覚麻痺)。
    声帯:声が出なくなる(失声)。
    眼:視野が狭くなったり、まったく物が見えなくなったりします。
解離型ヒステリー症状:意識の障害です。
    記憶喪失や多重人格が有名です。
 A恐怖症状:ある特定の対象あるいは状況に対して強い不安と恐れを起こす。尖ったもの(先端恐怖)、ある  特定の場所(閉所恐怖や高所恐怖や外出恐怖)、対人関係(対人恐怖)、等々です。
 B強迫症状:ばかばかしい考えとは知りつつもある観念に支配される。
    汚い物に触れたのではないかと思って何度も手を洗う(洗浄強迫)。
    鍵や火の元を何度も確認しないときが済まない(確認強迫)。
 C離人症状:生き生きと自分を感じられない。自分の存在が実感できない。
    現実がピンとこない。まるで絵はがきを見ているような感覚。
D不安症状:漠然とした対象のはっきりしない怖れの感情。
    対象がはっきりしたものが恐怖症状です。
 E心気症状:身体は病気ではないのに、ささいな身体の不調にとらわれ、身体の健康に対してこだわりをもつ  状態。通常、不安を伴います。
 そしてその症状の特徴によって、@はヒステリー神経症、Aは恐怖症、Bは強迫神経症、Cは離人神経症、Dは不安神経症、Eは心気神経症、に分類されるようになりました。他にも、抑うつ神経症や神経衰弱症があります。精神科読本シリーズ1で解説したパニック症も神経症の一つで不安症に分類されます。
 U フロイトの神経症論
 私たちは誰でも一度は「不安」という言葉で表されるような感情状態を体験しています。しかし神経症の人々が、ふつうの人々なら平気な状況の中で、特別に強い不安を抱いたり、一度陥った不安状態からなかなか脱出できずに、いつまでも不安なままでいたりするのはなぜでしょうか。神経症の治療に精神分析療法を編み出したのはフロイトです。フロイトは神経症の本質を『不安』だと考えました。不安はなぜ起こるのでしょうか。フロイトは、こころに三つの組織(超自我、自我、エス)を想定しました。自我とは日常語の「私」のことだと考えて下さい。超自我とは私が考えることや行いを見張っているもう一人の私のことです。超自我は私が悪いことをしないように、また良い行いをするように見張っています。「〜してはいけない」,「〜のような人間になりなさい」と内なる両親の声と考えて下さい。エスとは人間の持っている欲望のことです。「〜したい」「〜が欲しい」と駄々をこねる子供心のようなものです。フロイトは「不安とは、自我がエス、超自我、外界から圧迫をうけ、そのために体験する破局感であり、ことに神経症はエスと超自我との圧迫を自我が処理しきれなかったときに起こる」と考えました。この不安を自我が処理できないときに、その不安が直接自律神経を介して症状が現れるのを不安神経症(パニック障害もここに含まれる)、自我がこの不安をいろいろなやり方(防衛機制)で処理すると、強迫症状や転換症状や恐怖症状になる、と考えました。 
V 今,神経症は?
 今日では神経症という用語は使われなくなってきました。その理由は,神経症という医学用語が誤解を招く恐れがあることもあるのですが,最大の理由はアメリカにおける生物学的精神医学の台頭が挙げられます。それによって診断学も変貌したのです。アメリカの精神医学会では症状を羅列して,どの地域の医師でも同じように診断ができるようにと診断のマニュアルが作成されました(現在はDSM‐5が使用されています)。それはマニュアルに示された症状が「○個以上あると診断基準を満たしている」という考え方で,1980年から取り入れられ,今では診断学の主流になっています。上記に説明しましたフロイトの考え方と診断学はとても実践的で治療的でした。なぜアメリカ精神医学会は精神分析を棄却したのでしょうか?それは1970年代のアメリカの精神分析中心の精神医学の衰退に原因がありました。それで精神分析を捨てて生物学的精神医学へと方向を変えたのです。なぜ精神分析が廃れたのかと言いますと、アメリカの経済状態が悪くなったのが大きな原因です。精神分析はお金がかかる治療方法です。保険会社が精神分析に対してノーと拒否したのです。
 と言っても神経症に苦しんでいる方は今も昔も頻度は変わりません。それでは古典的神経症は今日ではどのように呼ばれているのでしょうか。大きく3つのカテゴリーに分けられています。@不安症(不安神経症,恐怖症,強迫神経症),A身体症状症(転換型ヒステリー,心気神経症),B解離症群(解離型ヒステリー,離人神経症)です。先にも述べましたように,その基本的な考え方は生物学的な見方です。それは一つの医学の進歩であることは間違いのないことなのですが,こころを見ないで脳を見る精神科医が増えてきたのは残念ですね。
W 神経症の治療
1.神経症は外来治療で精神療法が原則
 神経症の治療はヒステリーの研究から始まりました(精神科読本20「ヒステリーという病」を参照)。19世紀までは主に催眠療法で行われていましたが、効果に限界があること、悪化する例も少なくない、などの理由から今日では広くは行われていません。特に、理性を重んじ、目に見えないものは信じない、という傾向のある日本人には催眠療法は不向きです。代わって、催眠療法から発展したフロイトの編み出した精神分析療法が代表的な治療法になりました。しかしわが国では精神分析療法も欧米ほど広く行われていません。というのは,精神分析療法は週4、5回、しかも1回に50分の時間をかけるので、その費用もかなり高額になります(日本にいる国際精神分析協会の会員はわずか30名程です)。それよりも短時間で行われる支持的精神療法が一般的です。週に1回あるいはそれ以下の頻度の対面法による治療です。皆さまが精神科を受診した際に精神科医との間で行われる診察と考えて下さい。一般的には薬物治療も併用されます。その上、家庭ないしは職場でのストレスが明らかになれば、休養、入院治療、家族や職場への介入を図る環境調整も行われます。
 2.向精神薬療法
神経症には薬も奏効します。それは先に説明しましたように、「神経症の本質は不安である」からです。不安を軽減する薬は抗不安薬と呼ばれています。なかでもベンゾジアゼピン系の薬が代表的です。ベンゾジアゼピン系の薬は「不安を中心とした情動興奮によって生じた脳内ノルアドレナリン放出亢進を抑制することによって抗不安効果をもたらす」ことが分かっています。ベンゾジアゼピン系の薬は、安全性が高く、抗不安効果も優れています。しかし、眠気や脱力感、ボーっとする感じ、などの副作用もあります。また、強迫症にはうつ病の薬のアナフラニールやSSRIが効果的です。
 ベンゾジアゼピン系抗不安薬の副作用については精神科読本1「パニック症」でも取り上げたのですが、「常用量依存」が今日問題になっています。病気は治っているにもかかわらず抗不安薬を中止すると離脱症状が出現するのでなかなか中止できないのです。服用する限り日常生活に困ることはないので静かな依存症とも呼ばれています。減薬の方法はあるので心配されなくてもよいと思います。
 3.精神分析的精神療法
 さて、精神分析療法は毎日分析が標準で時間と費用が嵩むという話をしましたが、日本では週1回もしくは2回、50分の精神分析的精神療法が主流です。当院でも心理士による精神分析的心理療法と主治医による医学的管理の下でおこなうATスプリット治療を行っています。
posted by 川谷大治 at 16:05| Comment(0) | 日記
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