2017年07月08日

精神科読本2「うつ病」

精神科読本2『うつ病』(2017年改訂版)
                      うつ病
T うつ病depressionとは
 うつ病は古くはメランコリアmelancholia(mela黒い+chole胆石)と呼ばれました。これは古代ギリシアの医学の祖ヒポクラテスの学説で黒胆汁の増加がゆううつ気分を引き起こすという意味です。胆のう疾患にかかっている人はしばしばうつ状態を引き起こすことから命名されました。「うつ病」と訳されている英語のdepressionの語は、気分の落ち込み(抑うつ)を意味する症状名であって、元来は病名ではありません。これを病名扱いにするところから、さまざまの誤解と混乱が生じました。憂うつだから病気だとは限らないのです。うつ病には以下のような症状が見られます。
うつ病の主な症状
精神症状
・抑うつ気分:憂うつで気分が晴れ晴れしません。「寂しい」「気が沈む」「気が滅入る」「うっとうしい」気分です。声は小さく、一見して意気消沈した様子です。このような気分には日内変動が見られます。朝と夕で気分が違い、朝の方が調子悪く、夕方から良くなってきます。日本語のうつ(鬱)とは、器のうつをあらわし、空っぽを意味します。ですから、「うつ」とは空しくて、何か大切なものを失ったときの心理をよくあらわしています。子どもの場合や重症になると抑うつ気分よりも怒りっぽいとか焦燥感やイライラ感が表面に出てきます。
・思考制止:ブレーキがかかったみたいに頭が働きません。仕事がさばけなくなります。忘れっぽくなります。「考えが頭に浮かばない」「頭の働きが悪い」「判断ができない」状態です。集中力に欠け、仕事に支障を来してきます。決断力も低下して食事の献立が思い浮かばなくて堂々巡りすることがあります。思考が鈍くなるわけですから、体の動きも怠慢になってきます(精神運動制止)。
・意欲低下:何事をするにも億劫で面倒くさくなります。日常の仕事が億劫になります。外出を嫌うようになります。外界への興味関心が薄れ閉じこもりがちになります。
・妄想:身体に異常があると信じ込む(心気)
    自分はみんなに迷惑者をかける罪深い人間だと思いこむ(罪業)
    自分はつまらない、劣等な人間であると思い込む(微少)
・不安・焦燥感:「イライラして居ても立ってもいられない」「落ち着かない」
・自殺念慮:うつ病が重くなると、生きているのがつらくてたまらなくなり死んだほうがましだと考えるようになります。
身体症状
・全身の倦怠感:とにかく身体がだるくて鉛のように重く感じられます。周囲はゴロゴロしないで少しは身体を動かしてはどうかとアドバイスするのですが、それに応じる気力と体力がないのがうつ病の苦しいところです。
・睡眠障害:中途で目が覚めたり、朝早く目が覚めるのが特徴です。うつ病に不眠症は付き物です。
・食欲の低下:砂をかむように味覚がなくなります。体重減少が2s以上。身体の体力低下を心配して必死に食べようとしますが食事がおいしくありません。若い人にはイライラを防衛するために過食、だらだら食いが見られることがあります。
・自律神経症状:肩こり、のぼせ、発汗、動悸、便秘、口の渇き、ふらつきが見られます。ひどいときには顔のほてりのためにメガネが曇ることもあるほどです。外国人と比べて日本人は身体の症状に注意が向きやすく内科を受診することが多い。
・性欲の低下:インポテンスを伴い、性行為が面倒くさくなってきます。
U 病型
1)ライフスタイルによる分類
 うつ病は子どもから高齢者まで年齢に関係なく見られます。母親を突然失うと赤ん坊もうつ病になると言われています。母親に会えなくなった赤ん坊は、肌の色は浅黒くなり、外界の刺激に反応せず、食事を摂らず、無表情になるようです。
小児の場合、両親の不仲、転校などによってうつ病になることがあります。成人のうつ病と違って、動きが鈍くなるなどの精神運動制止は認めないために、うつ病を見過ごししがちです。疲れやすい、几帳面すぎる、神経質、家族の中に入ってこない、ぼんやりしているなどの特徴があります。
思春期青年期では自我の確立を巡る問題で社会に出るまで悪戦苦闘することが予想されます。この時期特有の反抗期と重なって鑑別が難しいのですが、イライラ感や怒りっぽくなり、自分を傷つけたりする場合などはうつ病を考えたほうがよいかもしれません。特に、中学2年の2学期は自己の確立の時期で、私は「魔の中2」と呼んでいます。中学3年を前に高校受験が心理的に重くのしかかってきます。また逆に、無気力になって、何もしなくなって学校にも行かず部屋に閉じこもりがちになることもあります。高校生に多い傾向があります。
更年期では閉経を迎えホルモンのアンバランスが加わり、病状も過酷で激しくなります。
老年期では身体の機能や配偶者を失うなどの喪失体験を多く経験するので慢性化しやい。人生に希望を失い自殺に走る人が増えてきます。男性の場合、職を辞めた、長年連れ添ってくれた妻に先立たれた、身体の病気がなかなか治らない、などうつ病に罹りやすくなります。昭和25年に人生50年だったのが、今日では人生85年と長生きするようになりました。何が支えになるのか、難しい問題です。
2)発病状況による分類
 天災などで一度に家族や住居を根こそぎに奪われたりする「根こそぎうつ病」があります。また、主婦に多い「引っ越しうつ病」は、それまで親しんでいた土地を離れて新しい環境に入ったときに見られます。中には都会を離れ故郷に帰ったことで20年以上続いていたうつ病から開放された人もいます。定年を迎えて起きる「荷下ろしうつ病」は男性に多く見られます。また、課長や部長に昇進してかかるのが「昇進うつ病」。お目でたいのに不幸になるのは理解できないかも知れませんが、昇進すると管理者として嫌な仕事も引き受けていかねばなりません。また部下との間に溝ができて、淋しさが発病の引き金にもなるようです。
このように、何かを失うことがうつ病の誘因になるのです。うつ病は誰もが経験するような環境の変化や対象喪失が引き金で発病し、それは各個人によって失うものも異なってきます。それは身内の不幸、離婚、故郷、夢、理想などです。最近目立つのが対象喪失を経験しないでうつ病に罹る人が増えたことです。働く人に多い「消耗性うつ病」です。なかなか厄介です。残業時間が増え1ヶ月に50、60時間を越えると、心身の不調が始まり、夜が眠れない、なんとなく元気がない、仕事に燃えない、といった心と身体が磨耗したような軽度のうつ状態になります。それが100から150時間になると、うつ病や慢性疲労症候群に罹り、長い病休が必要になります。200時間を越えると過労死が襲ってきます。何故このような残業が普通のことように続くのかというと、実は、脳は身体のように容易に疲れないからです。脳は豆腐のように柔らかい組織なのですがかなり丈夫にできています。一方、身体の方は短時間で疲れて動けなくなります。なかなか疲れを知らない脳が残業が増えていって脳に蓄積疲労を残すのではないかと思います。
 ほかには「更年期うつ病」が女性に見られます。別名、激越型うつ病とも呼ばれ、自責感が強く、不安・焦燥感の激しさは尋常ではありません。居ても立ってもおれず部屋の中を顔は上気して汗を流しながら部屋をうろうろするのです。自殺の危険性が高く、入院治療が多いのも更年期うつ病の特徴です。
 「新型うつ病」という病態はこれまで述べてきたような内因性のうつ病とは違って、ストレスフルな状況から離れると速やかにうつ状態から離れるので「新型」という形容詞がつきました。詳しいことは『臨床ダイアリー』でも取り上げています。
V うつ病の生物学的研究
 結核病棟からうつ病の生物学的研究は始まりました。結核は一昔前までは「不治の病」として恐れられていました。その結核に罹ったにもかかわらず落ち込むどころか気分が高揚する患者が観察されたのです。結核の薬に気分を高揚する作用があったことから、脳内の神経伝達物質(モノアミン)の研究が始まったのです。また、ある種の降圧剤(レセルピン)や肝炎の治療薬(インターフェロン)がうつ状態を引き起こすこと、冬になるとうつ病になる人がいること、 甲状腺機能低下症やパーキンソン病の初期症状に抑うつがあることなどから生物学的研究が進められ、現在ではうつ病は脳内のアミン物質の動態異常で起こると言われています。2000年以降のインターフェロン治療は薬剤の改良によってうつ病を引き起こすことは少なくなっています。
神経と神経をつなぐシナプス間隙の化学伝達物質(ノルエピネフリンやセロトニン)に異常が見られるのであって、脳神経自体に異常が認められるわけではありません。このような脳内の変化は決して身体的原因(身体病やある種の薬)だけで起きるとは考えられません。うつ病を引き起こす原因の多くが個人にとって意味のある対象喪失やストレスなのです。このような心理的および身体的ストレスの結果として、脳内の神経伝達物質の動態異常が起きてうつ病になると考えて下さい。
 抑うつを引き起こす@病気とA治療薬
 @病気:飲み過ぎた翌朝、「ゆううつ」で気分がすぐれないといったことは誰しも経験することです。このように身体の調子によって気分も影響されます。うつ病を引き起こす病気には、パーキンソン病、インフルエンザ、悪性腫瘍などがあります。悪性腫瘍の場合、「警告うつ病」と言われます。悪性腫瘍が臨床的に気づかれる前に抑うつが先行する場合があるのです。ですから、うつ病が慢性化する、食欲が長いあいだ回復しないとか体のだるさが長期続く場合は注意が必要になります。
 A治療薬:降圧剤のレセルピンという薬がうつ病を引き起こすことで有名です。そもそもこのレセルピンは1931年に2人のインドの研究者が「精神障害に効くインドの新薬」という論文を発表しました。飲むと気持ちが静まる作用があり、インドでは何千年も使われてきたインドジャボクという植物の根から抽出されたものです。このインドジャボクの成分がレセルピンで鎮静作用と同時に血圧を下げる作用があったために降圧剤として使われるようになったのです。
W うつ病の疫学
 うつ病に罹る危険率は人口の0.4〜0.5%と言われてきましたが、最近のWHOによると全世界人口の3%がうつ病に罹患すると報告されています。アメリカの統計では一生のうちにうつ病に罹る割合は男性5〜12%、女性10〜25%と女性の方が2倍ほど多い。さらには、一般内科を受診している患者の10%はうつ病だとも言われています。
 うつ病は家族内発症頻度が高く、発端者の第一度近親者(同胞、両親、子ども)のあいだでは10〜15%と高い発症率を示しています。このことから、うつ病になりやすい体質が考えられています。私の観察では、先に説明したように、うつ病の家系には胆石患者が多く見られます。
 わが国でもうつ病は増加しています。当時の厚生省の統計によれば、医療機関を受診する患者の数は1984年の10万人弱から1994年には20万人と倍増しています。
何故、うつ病が増えたのか。現代がストレス社会だからと一言で片付けることはできません。個人を取り巻く環境の変化があります。物質・拝金主義の生活に疲れた、日ごろ口にしている食事の変化、体を動かすのではなく頭を使う仕事が増えた、自然に触れて「感ずる心」を失った、などいろいろ原因はあるでしょう。わたしたちを支えてくれた親や兄弟や親戚が周りに生活しているでしょうか。この50年間で失ったものはそれほど大きいのです。
 しかし、病気になったことを悲観するのでなく、うつ病に罹ったことで原因を探し情緒的に豊かな生活を取り戻すきっかけになった人もいます。災いを転じて福となす。うつ病に罹ったことで人生を豊かにした人は少なくありません。
X 病気にかかりやすい人
うつ病になった人の生い立ちの研究や病気なりやすい性格(病前性格)の研究があります。うつ病者には幼い頃に肉親との生別・死別や愛情剥奪を体験した人が多いことが分かりました。このような経験はその後の性格形成に大きく影響し、「救いのなさ、無力感、対象喪失についての過敏さ」といった不安を保障しようとして一定の性格傾向がつくられると言われています。病前性格で有名なものにドイツの精神科医テレンバッハ(1961)による「メランコリー親和型性格」があります。これは秩序愛と自己中心性がその特徴です。つまり秩序愛とは、他者との関係を円満に維持しようと配慮し、義理人情を重視し、人と争うのを好まない、人に頼まれるといやとは言えない、人の評価に敏感、責任感が強い、といった性格です。社会的には評価が高い性格ですが、一方身内には我が儘で頑固なところが見られます。要約すると、その人にとって意味のある対象喪失を恐れて、秩序を尊重する余り、余裕のない性格を形成したと考えられます。
Y 治療
 うつ病の治療は薬物治療の進歩によって外来通院治療が可能になってきました。薬物治療がない時代には電気けいれん療法と入院治療が代表的な治療法でした。今日では、多くが外来治療で行われています。自殺の危険が予想されたり、慢性化によって家族が疲労したり、会社のことが気がかりで家で養生できない場合などには入院治療が勧められます。
 1)薬物療法
 なぜ薬がうつ病に効くのか?それはうつ病では脳内の神経伝達物質であるモノアミン(セロトニン、ノルエピネフリン、あるいはドーパミン)が欠乏しているので、薬でこれらの物質を増加させることが可能だからです。最初に登場したのは三環型抗うつ薬です。第二世代が四環系抗うつ薬、第三世代の薬がSSRIとSNRIです。
SSRI
 代表的な抗うつ薬はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)です。シナプス間隙のセロトニンの濃度を高めることによって抑うつ気分を改善することを目的に開発されました。日本では2017年6月現在、ルボックス(=デプロメール)、パキシル、ジェイゾロフト、レクサプロの4種類が発売されています。第一世代の三環系抗うつ薬はセロトニンを増やす作用以外にも抗コリン作用、抗ヒスタミン作用、抗エピネフリン作用を持っていますので、うつ病は治すけど、口渇、立ちくらみ、便秘、体重増加など副作用が多いのが欠点でした。それで他の神経伝達物質には作用せずに選択的にセロトニンだけを増やす効果をもつSSRIが開発されたのです。
ルボックス・デプロメール(製品名:フルボキサミン)
 日本で最初に認可されたSSRI。飲み始めの消化器症状(吐気など)が他のSSRIよりも多いけど徐々に増量すると副作用は少ない。うつ病性“妄想”に治療効果を発揮する。
パキシル(製品名:パロキセチン)
 不安を速やかに鎮静化する切れ味の鋭いSSRI。また、容量を増やすと意欲を高める効果も持ち合わせています。残念なことに突然の投薬中止で離脱反応(落ちつきがなくなり、めまい、しびれ感、吐き気)が起きやすいのと性機能障害の発生頻度が他よりも高いことです。
ジェイゾロフト(製品名:セルトラリン)
 弱いドーパミン阻害作用をもつので、他のSSRIよりも活力、モチベーション、集中力などを高めやすい。特に、“非定型うつ病”と言われる過剰睡眠、だるさなどに効果がある。私の臨床経験では過食症にも効果が高い。
レクサプロ(製品名:エスシタロプラン)
日本では2011年に認可された最も新しい抗うつ薬です。低用量で効果を発揮するので安全で効果的なSSRIです。ただ、心臓病を合併している人は服用を控えた方がよいでしょう。また体重増加が稀に起きることがあります。
SNRI
 選択的にセロトニンとノルエピネフリンの再取り込みを阻害する薬です。セロトニン作用のみではしばしばうつ病の薬としては効果が薄いので、ノルエピネフリンの作用も併せ持つように新たに開発された薬と考えて良いと思います。
 トレドミン(製品名:ミルナシプラン)
 ノルエピネフリンの他のSNRIよりも賦活的で活動性を高める作用を持つ。欠点は発汗や排尿困難の原因となる可能性が高いので、前立腺肥大を持っている人は使えません。
 サインバルタ(製品名:デュロキセチン)
 日本では2010年に認可されました。販売当初、他の抗うつ薬ではなかなか効果を上げなかったうつ病に本剤が効果を上げたので救世主のような印象を持ちました。さらに認知機能を高める作用や慢性疼痛に効果があると同時にうつ病における慢性的な身体的疼痛(頭痛、肩凝り、腰痛など)に対しても有効性が確かめられています。
 イフェクサーSR(製品名:ベンラファキシン)
 日本では2015年から発売されています。主にセロトニンを増やし、高容量(150r以上)ではセロトニンとノルアドレナリンの両方を増加させる抗うつ作用をもつ薬です。SRとはsustained release(徐放製剤)から頭文字をとりました。ゆっくり長く効くという意味です。飲みはじめに吐き気や頭痛が見られますが、徐々に増加していくと、副作用もそれほど気になりません。
三環系抗うつ薬
 第一世代の抗うつ薬です。約60年前に登場しました。効果発現までに1週間を要しますが、効果は抜群です。数種類の抗うつ薬があります。トリプタノールは不安・焦燥の強いうつ病に、アナフラニールは抑うつ気分・強迫の強いうつ病に、トフラニールは意欲の低下の強いうつ病に用いられます。あまりこのことは知られていませんが、思春期の子どもの無気力に奏効するので、私はかなりお世話になった薬です。
四環系抗うつ薬
 三環系の抗うつ薬は副作用(抗コリン作用)が強いので、最近では副作用の少ない四環系の抗うつ薬が開発されています。しかも効果発現が短いのが特徴です。テトラミド、ルジオミール、テシプールがあります。テトラミドはいらいら感が強い場合、ルジオミールは意欲低下に効果があります。
その他の抗うつ薬
 ドグマチールは非常に便利な薬で少量だとほとんど副作用が見られません。女性には月経不順、乳汁分泌といった不快な副作用が見られることがありますが、漢方によく似た効き方をします。
2)精神療法:「笠原の小精神療法」
 1978年に名古屋大学の笠原嘉教授は以下の7点を中心とした精神科医によるうつ病治療を提案しました。
 1.現在の状態は病気であること
  2.心理的・身体的に休息が必要であること
3.治癒時点の予測―3ヶ月を目安にする―
  4.自殺念慮がある場合、自殺を決行しないことを約束すること
  5.治療がすむまで辞職、離婚などの重要な決定は延期すること
  6.治療中の症状には動揺が見られる。
  7.薬物の効果とその副作用などの説明
 私もこれに沿って治療を進めてきたのですが、3と5の部分の改定を迫られています。マスコミ等でうつ病が「こころの風邪」と言われて、精神科に受診する敷居が低くなったのは事実ですが、うつ病は風邪のように簡単には治りません。本当に3ヶ月で治るのか?この問題は重要なことなので、最新の研究と併せて後に説明したいと思います。5の「人生で重大な決定は延期するように」というのも現代ではそうは言っておれないのが現状です。職場を変わることがうつ病からの脱出になることがあるからです。会社の組織も「年功序列」「社員優先」から「能率主義」「株主優先」に豹変してきました。会社が社員をどこまでサポートしてくれるのか?また、うつ病の誘因が「過労」や会社内の「対人関係」による場合、以前の組織では上司と一緒に環境調整することで速やかに解決することが多かったのですが、今日では容易にことが進まなくなりました。
 次いで、家族には以下のことを守ってもらうように協力をお願いします。特に、治療が開始される治療初期には以下のことが大切です。
 1.休養を勧める
 2.励まさないこと
 3.説教は禁物であること 
 4.無理に動かそうとしない、受身を重視すること
 5.気晴らしに旅行やカラオケなどに誘わないこと
 6.見守ることの重要性
 7.自殺には注意が必要
 8.深酒は禁物   
治療後期には、以下のことを心にとどめていたらよいでしょう。
 1.早朝の散歩:特に太陽が上がる前に家を出て、ぶらぶらと散策して家にたどり着く頃に太陽の光が差し始める頃の散歩が身体にはよい。
 2.良くなったからと言ってすぐに服薬をやめない。
 社会の変動に私たち人間の心の変化が追いつけないのが現代の特徴です。抑うつ症状は非常に多様な原因から発生しうる反応形成であって、疾患論的な特異性をもつものではありません。それに対して、私たちがどのような対策をとったらよいのかを本小論が少しでも役に立てたらと考えています。
Z.うつ病は厄介な病態=「こころの風邪」ではない
 1.うつ病は良くなるのか?
 アメリカのAkiskal(1995)先生の「約2/3は再発し、約10%は双極性障害に診断変更される」という報告を読んで改めてうつ病の治療に楽観してはならないと思いました。アメリカ精神医学会(2000)でも60%は再発し、うつ病エピソードを繰り返すごとに再発率は高くなる。しかも、20〜35%は残遺症状(部分寛解)と社会的、職業的な障害を残す、と述べています。わが国の厚生労働省の「感情障害長期経過多施設共同研究(2008)」では、10年間経過を追えた症例の57%が再発、22%は軽度再発、20%再発なし、と報告しています。
 2.脳科学の貢献
 コンピューター関連の仕事や残業も1ヶ月に100時間を越すといったハードな仕事を続けている人たちのうつ病には2、3ヶ月の休養で気力と体力の回復が望めないのが普通です。また、そのような方には人生の生き方にも迷いが見られます。良くなって再び職場に戻るのがよいのか、私も大変悩みます。治ることだけにとらわれずに人生を一度見直すくらいに考えた方がよいのかもしれません。
 うつ病にストレスが大きく関与していることは周知の事実です。では、どのように関与しているかについて説明したいと思います。心身のストレスは、以下のようなHPA系を作動させます。グルココルチコイドとはステロイドホルモンのことです。
  ストレス→視床下部→CRF→下垂体前葉→ACTH→副腎→グルココルチコイド
 このグルココルチコイドは、抗炎症作用、免疫抑制作用、HPA系にフィードバックをかける作用を持っていますが、うつ病ではこのフィードバックがかからないために、グルココルチコイドが分泌され続けます。すると、記憶を司る「海馬」にはグルココルチコイド受容体が多いために、海馬ニューロンの新生(増殖)抑制、海馬神経細胞の樹状突起の退縮、空間記憶の減退が引き起こされます。急性ストレスでは海馬神経細胞の死に至らしめることも分かっています。様々なストレスによって海馬の神経新生は抑制されるのですが、抗うつ薬や気分安定薬や電気けいれん療法は神経新生を促進することが分かってきました。つまり、抗うつ薬はセロトニンを増やし、結果的に神経栄養因子を増加させて、神経新生を復活させ、神経細胞をもとに戻す(神経回路の復活)ということが分かってきたのです。この神経回路を速やかに促すための治療プログラムが以下の当院での治療の試みになります。
 3.当院でのうつ病治療
 1)力動的精神療法:治療観のパラダイムシフト
 先に、うつ病は対象喪失が原因で起きると述べてきましたが、対象喪失に対する治療観は失ったものを「モーニングワーク(喪の作業)」することだと言われてきました。ところが現代のうつ病の患者さんは、自信や誇りや自尊心を失ったことが病気の原因の場合が多いのです。それに加えて、うつ病になったことで生じる脳の変化を考慮しなければなりません。自信を失うことと心身のストレス反応という治療観へのパラダイムシフトを考えないといけません。
 フロイトは「断念という術を会得すると人生も捨てたものじゃない」と述べて、万能感を放棄すること、断念すること、を勧めています。この考えは、現代人には当てはまらないようです。自己や世界が自分の思い通りになるという「錯覚」は生きていくうえで必要なことではないか?わたしたちは自己や世界が「思うようになったり、ならなかったりする」繰り返しのなかで生活しているのではないかと思うのです。日本の家屋の特徴は、昔は縁側があったことです。今日のアパートやマンションではベランダがそれに相当します。この濡れ縁は、雨戸を閉めると家の外になり、雨戸を開けると家の内になるのです。状況によって、内になったり外になったりする、という曖昧な中間領域が私たち日本人のこころの健康に適っているのです。万能感は捨てるものではなくて、私たち人間が生き生きと生活するためのエネルギーの源であるという考え方です。「花が散って実がなる。永遠の花は実を結ばない」という破壊と再創造、ピンチの裏にチャンスあり、というポジティブな考え方です。うつ病になったことを人生を豊かにするためのチャンスと考えるわけです。
 2)社会復帰支援プログラム
 心理的なアプローチのパラダイムシフトに加えて考えなければならないことは、くたびれた脳を蘇生することです。そのためには、ストレスを少なくして、HPA系の作動を抑えなければなりません。次いで、海馬の神経を蘇生します。ただ、何もせずに、自宅で休養しているだけでは、返って脳にはストレスになります。その手立てとして、当院では2008年4月からショートケアとしてスタートさせて、2015年1月から就労支援A型「ドンマイ」を併設しています。
posted by 川谷大治 at 15:13| Comment(0) | 日記
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