2017年07月08日

精神科読本11「パーソナリティ障碍とは何か?その1」

精神科読本11『パーソナリティ障碍とは何か?その1』             
パーソナリティ障碍とは何か?その1
T.はじめに
 「パーソナリティ障碍はこころ(精神)の病気なのですか?」という質問をしばしば受けます。主に患者さんのご家族が多いのですが、医療スタッフからも問われることがあります。「病気だとすると、どんな病気なのでしょうか」「他のこころの病気とどのような違いがあるのですか」という質問は答えるのが難しい。診察の合間に、「パーソナリティ障碍のパーソナリティってどういう意味ですか?性格のことですか?」と問われることも少なくない。
 「以前通っていた先生には人格障碍と診断されたけど、パーソナリティ障碍と同じことと考えてよいのですか」「人格とパーソナリティって同じなことなの。パーソナリティはカタカナだし何となくイメージできるけど、人格の病気ってイメージするのは難しい」「パーソナリティが病むってどういうこと」「ウィルスか何かに感染してその人の人格、否パーソナリティが変わるということ。よく分からない!」という質問が次から次へと出てきます。
 分かりにくいパーソナリティ障碍という病名(?)に関する疑問について、本小論では2回にわたって、分かりやすく解説し、その治療に関する私見を述べていきたいと思います。
U.こころの健康とは 
 パーソナリティ障碍を理解するのにこんな場面を想像してください。あなたAは入社して2年目。ある朝、就業前にギリギリで会社に着いて、廊下を急いでいたときに、向こうから部長Bがやって来ました。
 1.とっさにAはBに挨拶をしたが、Bはそれに返すこともなくそのまま通り過ぎたとします。その時のAのこころの中に起きる考えや気分は?
  @ Aは無視されたと思って腹が立った。そして、怒りは憎しみに増幅して、      「なんや、あの  人!」と吐き捨てた。      
  A Aは嫌われたと思って悲しかった。「私は価値のない人間だ」としょ気てしまった。朝から元気がなく  なった。
  B Aは挨拶を返してくれないBを不思議に思った。ちょっと動揺したが、「いつもは返してくれるのに、  Bさんどうしたんだろう」と思った。
 2.次に、挨拶をする前に、以下のような行動をとったと仮定します。
  C Aは緊張して挨拶ができなかった。いつもAは目上の者や権威者の前では
  萎縮してしまうのだ。
  D Aは顔を合わせるのを避けるために、角を曲がって歩く方向を変えた。
  E Aは立ち尽くしてしまった。そしてBが先回りしている、Bはこうやっていつも僕に嫌がらせしている  と考えた。
  F Aは忙しそうにしているBを捉まえてしばし話し込んだ。
 3.解説
 こころが健康とは、一般的には健康な人の気分、考え、態度、そして行動が合理的でバランスがとれているということです。いつも決まって@とAの反応をしてしまうのは性格的に問題があると考えられます。Bは子どもの受験でピリピリしていて、挨拶どころではなかったかもしれないからです。@とAは主観的に判断し過ぎるきらいがあります。Bは、自分のこころに起きた主観を一時こころに抱えながらも、状況を振り返り何が起きたかを吟味する客観的能力を持っています。
 状況は変わりますが、Cは緊張をこころに抱える力はあるけど、その緊張に振り回されて自由に行動することができません。Dに至っては、こころに不快な感情や考えが起きないようにBと会うのを回避してしまっています。いわば、行動に訴えたわけです。Eは、@からDよりも事態は深刻なのは理解できますね。現実にBが彼を嫌っていたとしても、客観的に彼と自分の関係を熟考する余裕を失くしています。Fは、今度は逆、仕事が始まったばかりで皆忙しいのに、Bを捉まえて話し込むのは礼儀に欠けていますね。
 4.病態水準という考え方
 さて、こころの健康とは主観と客観をバランスよく維持できる状態だと説明しましたが、要約すると、以下のように考えることもできます。ある人が健康かどうかを知るのに自分のこころの中の様子と外の世界をどのように認知・思考し、どんな関係を作りだすかを知ることだとまとめてよいと思います。

  0)正常な水準:主観と客観のほどよいバランス
    Bに対する慣習的な行動をとり、Bの行動をあれこれ想像できる。
  1)神経症水準:こころの中に葛藤を抱える
    私は嫌われているのかと悶々とする       
  2)境界例水準:葛藤を行動化する
    Bとすれ違うのを回避
    Bに対する怒りを行動で発散する
  3)精神病水準:葛藤を外在化し現実検討能力がない
    Bは先回りしたと疑う(妄想)

 専門的にはパーソナリティ障碍とは、この1)と3)の境界の2)のこころの状態だと考えます。すなわち、こころに起きる様々な思いや感情を一時こころの中に抱えることができずに、それらを行動に移す、つまり怒りを顕わにする、不快な考えや感情を行動で現わすということです。瞬間的に行動に移すので、客観的に吟味することができないので学習することなく、同じ失敗を繰り返します。子どものこころの水準に近いので、未熟な反応と呼ぶこともあります。
V.DSM-5のパーソナリティ障碍
 さて、パーソナリティ障碍の説明に入る前に、皆さんが首を傾げたくなる「パーソナリティ」という医学用語から説明したいと思います。ラジオを聞いていると「今日のパーソナリティは○○でした」と耳にすることがあります。この時のパーソナリティとは番組の司会と進行を行なう人という意味ですが、精神医学領域で使われるパーソナリティとは同じではありません。それでこのカタカナの「パーソナリティ」の精神医学用語の説明から始めたいと思います。
 1.パーソナリティとは?
 パーソナリティとは英語のpersonalityを翻訳するのに適切な日本語がなかったためにカタカナで表記されました。精神科読本17『社会恐怖(社交不安障碍)』の章でも説明しましたが、明治になって西欧語の翻訳が国家的規模で進められました。その時、Societyという概念を表わす日本語がなかったので、「社会」と訳されました。同じように、personalityという英語もどう訳してよいか当時の人たちは苦慮しました。その時の様子を紹介しましょう(臨床精神医学:2004年4月号)。

 「Personalityの訳語は、明治14(1881)年に哲学者の井上哲次郎が人品と訳したのが始まりである。その後、明治23年になってようやく人格という用語が登場する。『哲学会雑誌』にイギリスのマインド誌の論文を紹介する中でpersonalityを心理学の用語として「人格」と訳したのである。・・・・・その後、人格という訳語が広まったのは井上の影響が強かった。人格は漢字を使った日本語の造語(和製漢語)であるが、人格の「格」の意味は、春の芽の発育する姿から出たもので、「まっすぐに」という意味から、「至る」「正しき」という意義が出てくる。それが、品格同様、人格という言葉から出る道徳的ニュアンスである。そのために、personality disorderを人格障碍と訳すと、人格が倫理的に異常を来しているという響きを周囲に与えるために、誤解が生まれやすいのである。」

 人格という訳語が独り歩きしてもともとの意義が曲げられたために、人格障碍と訳すると、倫理的な異常な人物と解釈されるようになり、その誤解を少なくするためにカタカナでパーソナリティ障碍と表記するようになったのです。パーソナリティが人格という意味ではなくて、あくまでも精神医学用語である、ということを押さえて、はじめの質問に答えていきましょう。
 2.パーソナリティ障碍は病気なの?
 「ほんとうの法華経入門」(ちくま新書)で解説されていた喩えを使いますが、この喩えは精神分析を興したフロイトの神経症公式にも通じる考え方です。法華経の公式では果=因+縁と考えます。どういうことかと言いますと、大雨が降り続けると地盤が緩み山崩れの危険性が高くなります。地盤が緩んでいる(縁)と少雨(因)でも地崩れ(果)が発生するように、精神症状の発生もパーソナリティ構造が緩んでいると些細な刺激で症状が発生するのです。パーソナリティ障碍とは地盤が緩んだ状態と考えてよいかと思います。この地盤が緩んでいる状態は幼少期からの環境要因ともともとの気質的要因が縄を編むように複雑に絡み合って形成されます。ですから、パーソナリティ障碍はストレス因がなければ至って健康なのですが、他の人にとってストレスにならないようなことが本人にとってはパーソナリティ全体を揺るがすようなストレス因になるのです。ですからパーソナリティ障碍とはパーソナリティ構造が病的なのです。
 3.パーソナリティ障碍とは?
 パーソナリティ障碍とはパーソナリティ構造が緩んだ状態なので、患者特有のストレスがかかると「パーソナリティが機能しない」という状態が起きるのです。このことを説明するために、アメリカ精神医学会が2013年5月に出版した「DSMー5」のパーソナリティ障碍の定義を引用しましょう。

 「パーソナリティ障碍とは、その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験および行動の持続的パターンであり、それは幅広い領域で柔軟性に欠け、思春期もしくは成人早期に起こる。そしてそれは、長期にわたって主観的な苦悩をもたらすと同時に健康を損ない、他の精神障碍に由来しないもの」。
 
 分かりにくい内容ですね。「挨拶」の喩えで説明しましょう。挨拶を返して貰えなかったAが@の反応のように立腹したと仮定します。ここは世界一礼儀正しいと言われている日本です。入社間もないA君が上司Bに腹を立てるというエピソードは著しく偏った反応だと考えられます。いつもB君は挨拶を返してもらえないことに腹を立てるとすると、尊大で傲慢な性格故に、他者は自己を称賛するために存在するとさえ考えているかもしれないですね。
 この内的体験と行動の持続的パターンが会社だけでなく、同僚や知人との間でも繰り返されて、そのこころのクセを変えることができないとすると、常にA君は「なぜ僕は馬鹿にされないといけないのか」と、怒ってばかりいることでしょう。こころの中は怒りが充満し少しも面白くない。怒りをコントロールできないと、人や物に当たり、夜は眠れなくなり、飲み過ぎて二日酔いを繰り返すかも知れません。遂には高い確率で会社を辞めることになるでしょう。
 このような病的なパーソナリティ特性が長期にわたって苦悩と障碍impairmentを引き起こすときにパーソナリティ障碍と診断されるのです。それ故に、様々な精神障碍を引き起こしやすい、柔軟性のないパーソナリティ特性をもっている人と理解できます。彼らは自分のこころの中に起きた出来事にも環境にも柔軟に適応することが苦手ですので、将来の自己像が描けなくて、対人関係で悩み、とても生き辛い人たちなので、自殺を考えることも多く、落ち込みやすく、夜も眠れずに悶々とした生活を送る人が多いのです。
ここで気になる個所があります。発症が「思春期もしくは成人早期」というところです。私の臨床経験では、発症はもっと早くから起きているという印象を持っていましたので、ずいぶん前になるのですが、境界性パーソナリティ障碍のパーソナリティ発達を調べたことがあります(第86回日本精神神経学会総会シンポジウム「境界例の病理と治療』鹿児島、1990.)。
 結果は、上記に記した病態水準で説明しますと、精神病水準の患者さんは思春期以降から突然、パーソナリティ機能不全に陥り、神経症水準の場合は幼稚園から小学校低学年の間は問題の発生は少ないけど、幼少期と思春期で様々な問題が発生し、境界例水準で幼少期から思春期以降までずっといろいろな問題が発生しているという事実でした。このことは、パーソナリティ障碍の患者さんは幼少期からパーソナリティ発達の問題を抱えながら成長しているということを表わしていると思います。
 4.DSM-5のパーソナリティ障碍の定義
 早速、2013年にアメリカ精神医学会が出した「精神疾患の診断・統計マニュアルDSM-5」のパーソナリティ障碍の定義を見てみましょう。前評判では、DSM-W-RTから大きな改訂があるという噂でしたが、DSMのパーソナリティ障碍の診断は以下のような方向で進めていきます、という代案を参考資料(付録)として載せていますので、各障碍については「パーソナリティ障碍とは何か?その2」で説明することにします。
 1)DSM‐W‐TRからDSM−5へ
 専門的なことは抜きに説明しますと、DSM‐V以来、複数の診断項目の中から数個以上の項目を満たすカテゴリー診断は、シンプルで十分なトレーニングを積まなくても誰でも使える診断法でした。非常に簡易で便利なので、インターネットで調べて自分もパーソナリティ障碍ではないか?と不安になって相談に来られる方も少なくありません。本体の英語版は分厚く読み応えがあるので、次第に敬遠されて、臨床の場では専ら持ち運び便利なコンパクトサイズのポケット版が重宝がられました。
その上、DSM診断では併発する障碍が多いのも欠点です。代表的な境界性パーソナリティ障碍を例に説明しますと、種々の不安障碍、気分障碍、解離性障碍、摂食障碍、睡眠障碍、一過性の精神病障碍など、を七夕の短冊のように併発するのです。これでは何を目標に治療したらよいのか患者さんも困るでしょう。しかもパーソナリティ障碍の症状は出たり消えたり、時間と場所によって別の病的な部分が出現し、状況に左右されるので、診断が医師によって違うことが少なくないのです。DSMで診断すると、「私は]先生にはパニック障碍、Y先生にはうつ病、Z先生には境界性パーソナリティ障碍と診断されました。一体、私は何なのですか?」という事態になるのです。
 2)DSM-5のパーソナリティ障碍代案
 DSM-Wの批判に答えてDSM‐5では何が変わったか。いろいろな症状を生み出すパーソナリティ構造、つまり地盤が緩んだパーソナリティ構造を見ていこうという野心が見えます。しかし、煩雑過ぎて使えないのです。
クライテリアは表1の通りです。
  表1
  A.パーソナリティ機能(自己/対人関係)の中等度以上の障碍
     自己:同一性identityと方向性self-direction   
    対人関係:共感empathyと親密さintimacy
  B.一つあるいはそれ以上の病的パーソナリティ特性
  5つの広いドメインと25の特性ファセット
     陰性感情、脱愛着、敵対、脱抑制、サイコティシズム
  C.柔軟性がなく幅広い範囲で見られる
  D.思春期or成人早期から長期に亘って見られる
  E.他の精神疾患で説明できない
  F.物質or身体疾患の直接的な生理学的作用でない
  G.発達段階or社会文化的環境を考慮して正常でない

 AとBの項目が様変わりしています。そしてパーソナリティ機能、病的パーソナリティ特性という耳慣れない用語が眼に飛び込んできます。やはり人格機能、病的人格特性とは訳せない。倫理的響きを少なくするためにもカタカナでパーソナリティと使わざるを得ないですね。
パーソナリティ障碍の定義はパーソナリティ特性の適応性が逸脱しているので、正常との間で、またパーソナリティ障碍の各型の間でも区別できない融合したものなので、正常および病的パーソナリティ機能のすべての面を包括しないといけません。その基本的な次元の一つが今回採用された5つのドメインになります。
それではパーソナリティ機能personality functioningとは何なのか。定義によると、「情緒的に親しくなるその関わり方を形成する自己と他者の認知モデル」のことです。ですからパーソナリティ機能を診断することは、自分のことをどのように考えて生きていこうとしているのか、そして他人とどう接しているかを見ていくわけです。
 それを表2に示す境界性パーソナリティ障碍を例に説明しましょう。DSM-W-TRでは9項目の症状の中から5つ(またはそれ以上)を満たせばよかったのに、DSM-5ではクライテリアAとクライテリアBをともに満たさないといけません。基準はより厳しくなったし、どの程度健康を損なっているかの基準もまた別に併記されています。1と2が自分に関する項目で、3と4が人との関わり方になります。
クライテリアBは病的パーソナリティ特性を診断します。パーソナリティ特性とは、その人の行動様式、感情の表出、認知の仕方、そして思考過程が、特性が明らかになりうる時間と状況を越えて比較的一貫している持続パターンのことです。そのパーソナリティ特性が柔軟性にかけ不適応をもたらし、かつ重大な機能的障碍もしくは主体的苦悩を引き起こす時に病的パーソナリティ特性と診断されるのです。病的パーソナリティ特性は、表2の様な5つの広いドメインと25の特性ファセットで見ていきます。
 表2
  陰性感情:不安、うつ気分、罪意識/恥、心配、怒り
  脱愛着:回避
  敵対:自己中(操作性、不正直、誇大性、注意を引く、冷淡、敵意)
  脱抑制:快楽を求め、衝動的行動(学習しない、結果を考えない)
  サイコティシズム:精神病的な思考と行動 

W.さいごに  
 パーソナリティ障碍とは何か?という質問に答えてきました。親から貰った素因が成長過程でさまざまなトラウマを重ねた結果、パーソナリティ発達が歪められ、停滞するのをパーソナリティ障碍と考えるようになりました。パーソナリティ発達の過程で、虐待や対象喪失体験、両親の不仲による家庭内の緊張、小学4、5年生の自我の芽生えの時期のイジメや転校による学校生活からのドロップアウトと高校中退、長続きしない仕事といった出来事がパーソナリティ発達の成熟を妨げ、未熟なパーソナリティ構造のまま身体だけが大人といった不均衡をもたらすと考えています。そのために、治療は、未熟なパーソナリティ構造の成熟化が重視されます。治療は、「生きなおし」を重視する外来治療が中心になります。

参考文献
1.牛島定信編(2008):『境界性パーソナリティ障碍〈日本版治療ガイドライン〉』、金剛出版.
2.川谷大治(2004):境界性人格障碍の現在.臨床精神医学33(4);405−412.
3.牛島定信(2012):パーソナリティ障碍とは何か.講談社現代新書2180.

posted by 川谷大治 at 21:46| Comment(0) | 日記

精神科読本10「不登校の対応について」

精神科読本10『不登校の対応について』(2017年改訂版)
不登校の対応について
T.はじめに
 私が精神科医になった1980年は境界例、思春期やせ症、登校拒否、家庭内暴力がすでに話題になっていました。入院している病棟で容易にリストカットを繰り返す少女が出現し始めたのもこの頃です。少し遅れて過食症が外来を受診してくるようになりました。これらの病態はいずれも1970年代後半から精神科臨床の場で注目を集めてきたものばかりです。
 戦後生まれの若者の精神病理と言ってよいかと思います。それから遅れること10年後に引きこもり青年が登場してきました。マスコミなどで「引きこもり120万人」と騒がれたのは1995年頃のことです。現在も不登校の数は、少子化にもかかわらず、一向に減少する気配がありません。小中学生の不登校は年に12、13万人、高校中退は毎年12万人にも上る数字は不気味です。というのは、彼らが将来の引きこもり青年になるからです。
不気味なのは不登校や高校中退の若者だけではありません。たとえば1980年生まれの子どもたちは平成26年には35歳前後になりますが、彼らの3人に1人は定職に就いていないと言われています。1980年生まれの若者の数は157万人ですから、約50万人が定職についていない勘定になります。
 さて、小・中学校で登校拒否になった子どもたちの多くが将来引きこもり青年へと成長していくわけですが、私たちはこの事実から眼を逸らすわけにはいかない。子どもたちに一体何が起きているのでしょうか。本小論では、精神科臨床でしばしば出会う登校拒否や引きこもりの臨床経験からその手立てについて述べようと思います。
U.症例
 1.A子(プライバシーを守るために修正を加えています。)
 母親に連れられて受診してきた中1の女の子に「どのように困っているのですか」と、受診理由を問うと、母親の方が「学校に行けないので、行けるようになればと思って」と口を開きました。彼女は小学校5年生から学校を休みがちで、小6は友達ができて通えたのですが、中1の秋の運動会が終わってから再び学校に行けなくなったといいます。登校拒否の原因を母親なりに想像すると、もともと走ったりする競争が大嫌いなのと友達とのトラブルが原因だったようです。母親が車で学校まで送るのですが、車の中でお腹が痛くなって車から降りられなかったこともしばしばで、母親は「無理に行かせないほうがいいですかね」と訊ねてきました。私は「車に乗るということは学校に行きたい気持ちもあるのでしょう。しかし、いざ車を降りて学校の門をくぐる段階になると、自分の思いとは別に登校をストレスに感じる心もあるようですね」とコメントしました。そして「学校に行けなくなっている子どものほとんどが、内心では強く学校に行きたいと思っているようですよ」と彼女の心理を代弁すると、彼女は眼を合わせて頷いていました。
 彼女は幼い頃から人見知りが強く雷や火事をとても怖がる子どもでした。夜泣きや癇癪で育てるのに手のかかる子どもだったらしく、5歳のときには熱性けいれん、爪噛みは中学生になった今でも続いているといいます。習い事は彼女が嫌がって通っていません。その理由を彼女は新しい環境になじむのに時間がかかるからと低い声で説明していました。
 治療は週に1回母親同席面接を続けていきました。彼女は何事にも自信がなかったと語りました。そして、いろいろなことに不安が起きるといいます。「眠れない時に火事や地震や事件があったらどうしよう、自分に降りかかってくるのではないか、窓に鍵がかかっていないかどうかすごく不安になってくる」という話を語り、学校という存在が恐怖の対象になっていることが分かりました。不安の対象が担任の先生であったり、学校そのものであったり、友達関係であったりすることが語られるようになりました。
 数ヶ月後、挨拶する彼女の声の清々しさに「あなたは野球場のウグイス嬢かアナウンサーになれると思うよ」とコメントすると、彼女は顔を真っ赤にして照れていました。そして、遅れている勉強は家庭教師に見てもらうようになりました。あるとき彼女は詩を書いてきました。今は学校に行けないがいずれは自分も学校に通えるようになって「自分を誇れる」ようになるという内容の詩です。
 3年生になってクラスには入れなかったのですが、学校に顔を出すようになりました。5月の修学旅行には私の後押しもあって参加することになりました。参加した感想を彼女は「クラスメートが自分に気を使ってくれるのが嬉しかったけど、気を使われている自分が情けない」と語りました。自分が然るべき人間でないことを愁いえているわけです。それでも修学旅行に行けたことは自信につながったようで、診察のときには「がんばっています。勉強も前より興味が湧いてきました」と明るくなってきました。
 さらには、家庭教師に来てもらって、秋には家庭教師に質問ができるようになったと報告しました。彼女は「年上の人に質問ができるようになりました。前は言えなかったんです。口答えしていると思われているのではないか、嫌われるのではないかと怖かったんです」と嬉しそうに報告しました。この家庭教師に対する態度や感情は、実は父親に向けられているものと同じで、家庭では父親に丁寧な言葉でないと話ができない、ということが明らかになってきました。「お父さんにはなぜかしら緊張するんです」と彼女は何度も首を傾げていました。
 そして3月の卒業式を迎えることになりました。その1ヶ月前に彼女は「もう一度中学生をやり直したい。中学の勉強はほとんどやってないし、このまま高校には進みたくない」と相談してきていました。私にはその考えが素晴しいことに思えたので、高校受験を失敗したために1学年下の私たちと中3をやり直した先輩のことを彼女に話しました。彼女は私に勇気付けられて担任に自分の思いを相談しました。すると担任は「お前はそれでよいのか」と言って卒業することを強く勧めたのです。私は「それは先生の間違い。大人はあなたに中学教育を受けさせる義務がある」と説明して、再び、担任に相談するように勧めました。
彼女の思いが通じて、中学2年を再びやり直すことになりました。しかし、2学期から腰砕けになって、母親から「自分で決めたことなのに」と責められる一幕もありましたが、それに言い返すことができるようになったのが印象的でした。彼女の学力は上がり、入学試験を受けて高校に進学することができたのです。その後、元気に高校にも通い、治療も終わりました。
 2.症例のまとめ
 1)精神科診断を含めて
 精神科診断は「学校恐怖症」になると思います。彼女はもともと臆病なところがあって、苦手な運動会が終わった中1の秋から学校に通えなくなっています。母親は原因をあれこれ探します。しかしこれといって母親を納得させるものはありません。そのため、強引に車に乗せて、登校刺激をしました。しかし今度は、身体反応のために、彼女は車から降りることができません。スクールカウンセラーにも相談しましたが、埒が明かないために、当院を受診することになったのです。
 私の対応は、彼女が何を恐れているのかをはっきりさせ、怖気づいたこころに自信を持たせることを治療の目標にしました。そのためには、彼女のニーズを汲み取り、彼女にこちらが合わせる必要があります。つまり、学校に行かせようとするのではなく、行けなくて情けない気持ちで一杯になっていることを理解するのです。
そのことを彼女との間で話題にして、両親にすまない気持ちでいること学校に通えない自分に情けなくなっていることを母親に理解してもらうことが、母親同席面接の治療で重要なことになりました。
そして、登校拒否の子どもの治療の中でもっとも重要なことは、彼らが学校に通いたい気持ちが強いことと、それが叶わないために空想の中で自分を膨らませていること、その反面、現実社会にとても臆病になっているという事実です(中島敦の「臆病な自尊心」)。
 私の理解と共感によって、彼女は、自信を取り戻しました。2年生になって学校の門をくぐるようになったのです。その時の臆病な心をいろいろな形で彼女は表現してくれました。一方で、遅れている勉強にも家庭教師をつけて手をつけるようになりました。そして修学旅行にも参加しました。教室には入れないけど彼女は少しずつ元気になってきたのです。そして大人に対する緊張が「自己主張=口答えになっていると思われる」ことが原因であることがわかったのです。反抗する自分を認めるようになったのです。
 2)登校拒否と日本人
 問題は中学卒業の前に起こりました。この問題はとても重要なことです。彼女は中学をもう1年間やり直したいと思ったのに、それを担任から「お前はそれでよいのか」と拒まれたのです。なぜ担任は「お前はすばらしい」と言えなかったのか。ここに日本人の欠点が如実に現れているような気がします。登校拒否の子どもが中学を卒業させられるときに複雑な思いをするであろうことは皆さんも理解できるでしょう。彼らは誰一人として胸を張って卒業していないのです。学力も皆よりも遅れているし、何よりも挫折感でいっぱいで、そのような心理状態で高校に入ってやる気が起こるわけはないのに、教育者も親もその道を勧めるのです。それもあって毎年12万人の高校生が中退していくのです。
 登校拒否になる子どもたちはもともと完璧主義でコミュニケーションが苦手な人たちが多いようです。自分の理想とする姿を追い求めて現実と理想の隔たりに苦しむ者、周囲の期待を取り入れて自分を見失っている者、集団に馴染めない者、対人恐怖などの不安症状に苦しむ者、誇りが高すぎて孤立している者、皆プライドが高くて「現実の自分」を否定しているのが特徴です。
 現実生活に挫折しているので自信が持てないでいるのです。中学はみんなと一緒に卒業はしたいけれども、それに見合うだけの自分を獲得していないので、自信を持てないで悶々としているのです。大人たちは形式を優先し、彼らの劣等感に目をつぶっています。これは悪しき員数主義です。なぜ彼らに「このまま卒業してよいと思うのか」と直面化してやらないのか?なぜ、嘘っぱちの人生を歩ませようとするのか?このような疑問が起きることから彼らの支援が始まるのではないかと思います。努力しないのに報われるはずはありません。そのことを彼らは十分に分かっているのですが、そのことを口にする勇気がないのです。
V.登校拒否と引きこもりの理解と援助について
 症例から学んだことを踏まえて、これからは、一般的な登校拒否と引きこもりの理解と援助について私の考えを説明しようかと思います。
 1.登校拒否の援助
 (1)本当は学校に通いたい気持ちが強いことを理解する
 まず、登校拒否の子どもと接したときの治療的姿勢は彼らの心理に合わせることです。学校に行けないあるいは学校に行くのを拒否している彼らはわれわれと同じ土俵にいないことを理解することから援助は始まります。どういうことかといいますと、私たち大人は、教育を受けることの大切さを十分に理解していますが、彼らはそれよりも学校に通うことの負担のほうが大きいので学校を避けようとしているのであって、この時点で同じ土俵に立っていないのです。このことを認識していないと、自分たちの土俵に上がらない彼らを、「甘ったれている」「楽な道を歩こうとしている」「根性なし」「最近の子どもたちにはあきれる」といって批判するだけに終わってしまいます。批判されてこころを開く子どもはいないでしょう。つまり、登校拒否の子どもと接したときの私たちの治療的姿勢は徹底して彼らの心理に合わせることに尽きるのです。
 ただ「行きたくないのなら学校には行かないでいいのよ」とでたらめなことを言ってはいけません。学校に行かなかったら、そして十分な教育をうけなかったら、将来自分で自分の道を切り開いていける人間に成長しないということは目に見えています。登校拒否の子どもに、なぜ「学校に行かなくていい」というごまかしを言うのだろうか私には分かりません。彼らと対峙するのが怖いのでしょうか。学校教育も家庭教育も子どもが大人になるのに必要なことなのです。
 次にいよいよ登校拒否の原因が何なのかを考える段階に移ります。いよいよというのは治療初期に原因探しをしてはいけないということです。学校に行けなくてプライドはズタズタに傷ついているのに、原因探しをされると、さらに臆病になっていくからです。登校拒否の原因は彼らの口から語らせることが大原則です。先走りして原因をあれこれ言うのは彼らの口封じにつながります。「鉄は冷めてから打て」です。登校拒否の原因は男子と女子で違いがあります。男子に多いのは能力の限界に気づいて万能感が傷つくこと、それは学業成績やクラブ活動などで多いのですが、それが原因で学校に行かなくなります。他方、女子の場合は、それに加えて友達との関係がうまくいかないといった問題が追加されます。努力しても成績が上がらないという現実は彼らを焦燥の炎の中に陥れることは知っておくとよいでしょう。
 (2)主観的万能感を復活させる
 このように、彼らの立場に合わせ、プライドを尊重する姿勢を続けていると、彼らの多くが自分のことを分かってもらったという安堵感が生まれると同時に、もう一度、自分も以前のようにやれるのではないか、という主観的万能感が復活するのです。しかしそれは現実に根ざしたものではないので、彼らのこころは揺れ動きます。彼らの元気さは仮初のものなのです。
 中には思い立って登校しようとする子どもも現われます。親もその姿に拍手を送るのですが、この時期は「待った」をかけたほうが無難です。小学低学年の児童かあるいはいじめなど現実問題が登校拒否の原因でなければ、2、3ヶ月は登校を見送ったほうがよい。その時に登校刺激しないことを親にも学校関係者にも理解させておくほうがよいのです。早すぎる試みは、かつて体験した挫折の不安を呼び起こすか、実際に現実に失敗するものなのです。待っている間に、彼らは自慢話をするようになります。提示した症例は私に「詩」をプレゼントしました。それに主治医が関心と興味を示すと、いろいろな形でこのような主観的万能感に満ち溢れて元気になるのです。そして遅れている勉強をどうするかを一緒に考えることも重要になってきます。この段階をクリアしない子どもは次の段階には進めません。
 (3)いよいよ主観的万能感を現実化させようとする。
 さて、学期が変わり、新学期になります。遅れている勉強の対策に腰を挙げるようになった子どもたちは、実際に登校を開始し始めます。ここからが精神科医の腕の見せ所です。精神科医には薬物治療という強い味方がいます。彼らの不安を軽減し、登校に負担がかからないようにしてあげることが可能なのです。それでも、くじけそうになってくる者もいます。その時に、主治医に依存的になって「どうしたらよいか」と治療者を万能視する者と、挫折して治療に通わなくなる者が現われます。この「どうしたらよいか」という問いは、子どもが自身の万能感を捨てて他者にその代理を求めてくるとても重要な現象です。そのとき主治医は彼らをなんとしてでも登校させようと欲望は持ってはいけません。彼らの治療のポイントは登校よりも、登校拒否の原因となった万能感の傷つきにあるからです。子どもっぽい万能感から身の丈にあったものへと移行するのを援助することにあるからです。この過程を辿ると、遅くても小学生は中学校で、中学生は高校に入ってから順調に成長していくのです。
 2.引きこもり青年の理解と援助
 さて、幼児的な万能感に支えられて引きこもりを続けている若者の援助に話題を移しましょう。以上の過程を辿れずに、高校を中退し、長い引きこもりに入っている若者の援助です。結論ははっきりしています。男性の場合は予後が悪く、女性の場合は何とか社会に参加していけます。それはなぜか?女性の場合は友達が救ってくれるけど、男性の場合はその友達を拒否するからです。
 (1)『臆病な自尊心』の引きこもり青年
 ここで働かない青年、夏目漱石の『それから』の主人公代助に登場してもらいましょう。主人公の代助は、30歳になるのに、一向に働こうとしない裕福な家庭の高等遊民です。これまでに何度も縁談は断って、書生と女中2人を雇い、優雅な暮らしを続けています。
代助は非常な癇癪もちで臆病な子どもでした。思春期に父親と取っ組み合いの喧嘩をしますが、学校を出た後は、癇癪はぱたりと已んで、大人しくなります。そして彼は「有用な人」を重視する儒教が大嫌いな人間に成長します。彼自身は地震が怖くて、不安性です。また毎朝鏡の前で自身の容姿を愛でる、そういう意味では旧時代の日本を乗り越えた人物でもあります。しかし、経済的には父と兄に頼り、その父と兄を軽蔑もしているのです。その彼が兄嫁との対話で次のようなことを吐きます。
 代助:「僕は所謂処世上の経験呈愚かなものはないと思っている。苦痛があるだけ
じゃないか」。「パンに関係した経験は、切実かもしれないが、要するに劣等だよ」
嫂:「それ御覧なさい。あなたは一家族中悉く馬鹿にしていらっしゃる」
そんなときに、大学時代の友人平岡が金を借りに来ます。しばらくして、平岡の妻三千代が代助のもとを訪ねてくるようになります。何度か三千代と会うあいだに代助は三千代に愛の告白をするのです。それは社会的に許されないことなので、父と兄は怒り、代助は経済援助を打ち切られます。三千代は度胸が据わり平静でいられるのですが、代助は落ち着きません。代助は書生に「僕は一寸職業を探してくる」と言って外に飛び出して発症するところで物語は終わります。漱石はその時の代助の心理状態を「焦りの炎は真っ赤に代助の頭を焦がす」と描写しました。
 このように働くことを否定していた代助が働く気になるのは、愛する三千代のためなのです。ここに引きこもり青年やニートの青年の立ち直るきっかけがあるのではないかと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか。
 (2)引きこもりからの脱出:脱自己中心性
 彼らが立ち直るきっかけは様々ですが、恋愛・結婚、祖父母や親の死、など自己中心性からの脱却が必要になります。登校拒否や引きこもり青年の多くが自己中心の世界に住んでいます。いやそうではない、彼らは周囲の空気を読み、他者配慮的な生き方をしている者も少なくないのではないかという疑問をもたれる方もいるでしょう。しかしよくよく考えると、彼らの他者配慮性は保身のためのものであって、誰かのために自分を犠牲にすることではないようです。
 この脱自己中心性は前思春期の発達課題です。子どもたちは家庭では自分が中心だったのに学校社会ではみんなと同じ扱いをされるという試練に直面します。その自己愛の傷つきを癒し屈折したこころを開放させるのが友だちの存在です。何らかの理由で友だちを作れなかった子どもたちは10歳前後の「自我の芽生え」の時期に傷つき、彼らを傷つける社会を回避するようになるのです。幼児的万能感を頼りにしている長期引きこもりの青年には友だちとの会見でさえが苦痛をもたらします。それは精神科に通うことを拒否する理由の一つになります。
 この幼児的万能感の扱いが治療の要になります。登校拒否の対応と同じように、こちら側が彼らに合わせることから治療は始まります。引きこもりは心理的にとても辛い状況にあるということをとことん聞いていくのです。その過程で彼らは主観的万能感を膨らませていくのです。ただ主観的万能感を膨らませた後の「僕は思っているほどの人物ではなかった」という脱錯覚化過程が治療の結果を左右します。
ある35歳の引きこもり青年が私のもとを訪ねてきました。「それまでの精神科医は自分の希望の薬を出してくれなかったが、先生はよく話を聞いてくれた」と主観的万能感が復活し、自動車免許をとり、両親を阿蘇のドライブに誘い、そしてアルバイトを経験して、37歳の時に正社員として働くようになりました。ところが、どうあがいても年収200万円しか稼げなかったのです。
 たとえ立ち直ったとしても、ポスト工業社会の到来後、支配的になった経済様式ニューエコノミーによって、労働生産性が高い仕事と低い仕事の間に分断が生じた今日の社会では、教育も満足に受けていない彼らにとって、ワーキング・プアという年収100万円以下の少ない額しか稼げないのです。賃金の安い仕事しか彼らには用意されていないのです。努力が報われないという現状が彼らの前に立ちふさがっているのです。また、たとえ賃金のよい仕事が供給されたとして、果たしてどれだけの者がその仕事をやり遂げることができるでしょうか。ここに努力が報われない社会という過去の傷つきが再現されるのです。「それでよし」と考えることができるなら社会では生きて行けますが、収入の少なさは決定的です。
W.まとめ
 これまで登校拒否と引きこもりの精神力動と対策について述べてきました。登校拒否は何とか援助できるが、長期の引きこもりに対しては、心理レベルを超えた社会的問題が大きな壁になって、彼らの立ち直りを不可能にしていることを指摘しました。残念ながら、教育を満足に受けていないために劣等感と幼児的万能感のジレンマにある引きこもり青年にとっては、立ち直ったとしても「努力すれば報われる社会」が幻想であることを再び身に沁みて体験することになるのです。悲観的な話ですけどそれが彼らの現実なのです。
posted by 川谷大治 at 21:36| Comment(0) | 日記

精神科読本9「引きこもり青年について」

精神科読本9「引きこもり青年について」(2017年改訂版)
                『引きこもり青年について』
T.はじめに
 「引きこもり」の青年から話を聞きますと、彼らは遊んで暮らしてはいないことが痛いほどよく分かります。20歳過ぎても働かずに、テレビゲームに耽って、楽だろうと想像する人もいます。ぶらぶらと非生産的で何もしていないという意味では遊んでいますが、少なくとも彼らは生活を楽しんではいません。彼らは現実生活から遊離し、劣等感と挫折感に悩まされ、現実を逃げ回っているのです。プライドはずたずたに傷つき、魂の救いを仮想の空想世界に求めているわけです。しかしそれは空しさだけが残る試みです。自分の存在の確認ができません。「働きもせずに、一体、僕は生きていてよいのだろうか」、「何のために僕は生きているのだろうか」という自分に対する問いが彼らを苦しめつづけるのです。彼らをどのように理解し援助したらよいのか、私たちはスペードのエースをもっているのでしょうか。この問いに対する解決策が「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」というキーワードです。中島敦著『山月記』に出てくる言葉で、授業に出ているなら、高校生時代に国語の教科書で習っています。このキーワードは彼らと共有することができます。
U.中島敦の『山月記』より
『山月記』は唐代の伝奇小説『人虎伝』を素材にした物語で昭和17年に発表されました。ずい分前の物語が現代の若者の心理を知る手がかりになるのです。物語は主人公の紹介から始まります。
「主人公の李徴はたいへんな秀才で、若くして進士になったが性格が人を頼りにしない上に協調性に欠け、下級官吏を嫌って、役人生活をやめ詩人として名を得ようとした。彼は人と交わりを絶って、ひたすら詩作に耽ったが、文名は容易に揚がらず焦燥感と絶望感に駆られるようになった。数年後、妻子の衣食のため、再び地方の役人に戻ったものの、それは一方で詩業に半ば絶望したためでもある。しかも、かつての同輩はすでに遥か高位に出世しており、屈辱感・劣等感に苛まされる。ついに李徴は発狂、闇の中に姿を消してしまうのである」。
李徴はどこにも自分の自尊心を満たすことのできる場所を見出すことができずに、不満と苛立ちから発狂したわけですが、物語は、虎と化した李徴がかつての友人と出会い、草むらに身を隠したまま対談することになります。なぜ彼は自分の居場所を見つけることができなかったかを、友を相手に彼なりに分析するのです。以下に原文を引用します。
 「何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当たるいことが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて人との交わりを避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。実は、それがほとんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、嘗ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍すること潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった」のである。
人間は誰でも猛獣使いで、「猛獣」を飼いならしながら生きなければならないのに、李徴は「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」を「飼いならす」どころか「飼いふとらせた」結果、虎になったのです。せっかくの才能を「尊大な羞恥心」と「臆病な自尊心」とのせいで磨くことができないで無駄にしてしまい、空費された過去を自嘲し、最後に山にかかる月に向かって咆哮、虎となって消えるのです。
 この下りは、幼い頃からあまり問題も起こさず、親の期待通りに育ってきた子どもが、ある日突然、学校に行かなくなり、そのまま家に引きこもり続ける青年の心理をよく描いています。思春期は自己愛のエネルギーが最大になる時期です。ですから、社会から離れて生活することは大変、苦痛を伴うことなのです。ここをしっかり押さえておくと、彼らの引きこもりの原因がわかり対応策も自然と生まれてきます。
V.不登校、家庭内暴力、そして引きこもり
 私は、不登校から家庭内暴力へと発展する引きこもり青年の個人精神療法(カウンセリングの類)から、彼らの引きこもり形成過程を以下のように考えるようになりました。彼らの多くが中学生の頃に不登校になります。その多くのきっかけは自尊心(自己愛)の傷つきが主な原因です。部活の柔道で下級生に投げ飛ばされた、野球の試合中に監督からバンドを命じられた、クラスメートにからかわれた、クラス担任に誤解を受けた上に侮辱された、成績が思うように伸びない、などです。それは、周囲には些細なことのように思えるのですが、彼らにとっては人格を根底から揺さぶる問題に発展するのです。しかし彼らは何故自分が不登校をしているのかよく説明できません。立ち直った頃に説明できるのです。
 存在感の希薄さは耐えがたく、学校を休むようになると、両親から「学校に行かないでどうするの」と追い立てられます。学校に通わせようとする親に「家庭内暴力」を振るうようになり、傷ついた万能感が復活するのです。このとき、暴力を振るうときの人格は、弱い親を殴る強い自分(→万能感溢れる強い自分)と強い自分に殴られる弱い親(→存在の無い弱い自分)に分裂しています。この分裂は現実生活での自己愛の傷つきを否認し万能的に修正しようとする試みなのです。気に食わないと家族に容赦なく暴力を振るい、自分の劣等感と無力感に身を曝すのを避けるために彼らは家に引きこもる。しかしそれで彼らの痛みが消えるわけではない。かといって現実に身をさらけ出すには臆病すぎるので李徴と同じような苦しみを味合うことになる。家庭内暴力の際に見られた人格の分裂現象は、次第に臆病な自尊心という虎を飼い太らせ、虎の自分と人間である自分との分裂現象に変わっていくわけなのです。この引きこもりを可能にするのが、嫌なことを回避する技術をおぼえたこと(親の養育と社会の風潮が関与)と、それを支える便利な生活とテレビゲームなのです。
W.不登校は病気なのか? 
 先に、引きこもり青年の予備軍は不登校だと述べました。不登校は精神科的な病気なのかどうかを説明しようと思います。不登校は病名ではありません。平成3年に文部省が学校を長期休んでいる子どもにたいしてつけた言葉です。子どもの不登校にはうつ病や統合失調症が潜在している場合があります。筆者の経験では不登校の子どもの30%にうつ病が隠れているような印象をもっています。ですから、不登校が長引く場合は、児童・思春期専門の精神科医に相談することが大切になってきます。また、上記の病気を併発していなくても不登校の子どもには精神科的援助が必要になる場合があります。かなり、追い込まれているわけですから、二次的にうつ状態に陥る子どもがいるからです。
X.引きこもり青年へのアプローチ
 引きこもりに発展すると対応は難しくなるので、不登校段階での対応が大切になってきます。以下に、日頃ご家族にアドバイスしていることを述べることにします。
 @なぜ学校に行きたくないのか子ども自身がよく説明できないので、子どもを「どうして学校に行かないの」と追い詰めない。原因探しをしていると、不登校がいじめや学校問題、さらには親子関係へとすり変わり、不毛の議論へと発展し、子どもの心をサポートできなくなります。少なくとも、2、3週間は不登校を保証し、休養させる。すると子どものほうから、取り残される不安や焦りが強まり、学校に行く、学校をやめる、通信教育を受ける、などの言葉を発するようになります。このとき親は、学校を止めたいという子どもの言葉に挑発されない、学校に行くという言葉を手放しで喜ばないことが重要です。自尊心の傷つきの理解に努め、言葉の真意を汲むことが大切です。このような対応の中で、休養しても疲れがとれないでいる場合、うつ病や分裂病が潜在しているときがあるので、思春期を専門とする精神科医の診察が必要になります。子どもが受診に抵抗する場合は家族だけでも精神科を訪れるとよいでしょう。その際、「本人が来ないと治療できない」という精神科医には見切りをつけ、専門医を紹介してもらうことです。家族の相談のみで十分に対応可能なケースもあるからです。また、家庭内暴力を振るう子どもの家系にはうつ病が高率に見られ、抗うつ薬が奏効するケースがあるので精神科受診を躊躇しない方がよいでしょう。
 A親はあなた任せにならないこと。子どもの不登校を解決するのは子ども本人であること。決して教育機関でも医療機関でもありません。親にできることは何もないと言ってよいくらいです。せいぜい出来て、苦しんでいる子どもの心を援助するくらいです。家族が社会から孤立しないように勇気を出すことも大切です。父親も仕事を切り上げいつもより早く家に帰るようにすることも必要です。このような両親の対応で立ち直る子どもは多いのです。また、教育の場を失うことで子どもは焦り、無力感から些細な理由で暴力を振るうようになることがあります。親子関係が上手く機能し十分に休養が取れると、学校に戻る時期が来ます。そのとき、現実的な方向づけや登校刺激のタイミングは難しいのですが、失敗をおそれずに互いに話し合える関係を維持するように努めることが大切になってきます。
 さて、このような対応にもかかわらず引きこもりが続いた場合はどうするか、です。
 B大切なことは彼らの自尊心の回復です。そのためには、子ども自身の個人精神療法(1対1で行なわれるカウンセリングの類)や集団精神療法が必要になってきます。また、彼らの多くが抑うつ状態に陥ることが多いので、なかには薬物治療で気分を改善させ、将来への不安と焦りを軽減させることも必要になります。専門的な援助の場を家族が保証すると同時に、家族も彼らの自尊心の傷つきに理解を深めることが重要です。すると、子どもが常識ではなかなか理解できない神経質さや臆病さの故に、社会から引きこもっていることがわかるようになります。このことは多くの家族が薄々感じていたことでもあります。ここまで来ると回復過程の半分まできたことになります。あとは、彼らの変化を褒めることに尽きます。そして失敗したら励まさずにそっとしてあげることです。子どもの方から話をしていたときに励ましたらよいでしょう。励ましが早すぎると、家庭内暴力や自殺企図が見られることがありますので注意してください。
 次に、子どもと一緒に社会について考えてみてください。「社会」という言葉の語源は、「お祭りの日に神社に村人が一同に集まる」という意味です。皆が顔を会わせると意味です。何も働くことだけが社会復帰ではありません。社会復帰は家庭で家族が顔を会わせることから始まるのです。叱ってばかりいないで子どもと顔を会わせる機会を作ることが大切です。この努力を家族はする必要があります。そして次に、遅れた教育を受けさせることが大切になってきます。「教育」の意義は、大きくなってから一人で生活できるようになるのに必要なことを学ぶことにあります。今の学校教育ではこのことが忘れられています。十分に話が進むと、後は子どもに任せていた方が結果は明るいことが多いようです。幼い頃、得意だったことをやり始めて引きこもりから脱出したケースもいました。
 最後に、引きこもりには長期の対応が必要になってきますが、それだけに親も子供も社会から置いてかれる不安が強くなります。それだけに、家族が先ず社会から孤立しないようにしてください。
Y.当院での試み
 当院では3つの治療プログラムを用意できます。最初に、当院を受診されたら診断確定のために問診と心理検査を3、4週にわたって行います。問診では、幼少期からの生い立ちを中心にお聞きし、持って生まれたパーソナリティ特性と家庭や学校の環境要因を明らかにしてパーソナリティ発達を力動的に把握していきます。その過程で必要ならロールシャッハテストを行い、社交不安症や発達障害などの症状評価尺度を用いて現在症を客観的に評価します。
 言語表現能力の豊かな人には@対話によるカウンセリング(専門的には心理療法と呼びます)を提供します。人と親密な関係を築くのが苦手な人のためにはしばらくのあいだ主治医の診察を定期的に続けながら、オーダーメイドの治療プログラムを一緒に作成していきます。長いあいだの引きこもりのためにうつ状態があればA薬物治療を行うこともあります。引きこもりの方の中には小学生の頃から社交不安症で苦しんでいる方が少なからずいますので、対人緊張を軽減するための薬物治療を選択する場合があります。最後に、社会に出ていく準備のために、B社会心理療法のショートケアや集団精神療法、さらには併設している就労支援A型施設“ドンマイ”(川谷医院のホームページからアクセスできます)への導入へと繋げていきます。ドンマイで2年ほど働いたら次にスタッフと一緒に社会参加を模索していきます。
 以上、当院では心理療法、薬物治療、心理社会療法の3つを組み合わせた治療プログラムを提供し、社会参加が可能になることを目標にしています。
posted by 川谷大治 at 21:30| Comment(0) | 日記

精神科読本8「不眠症」

精神科読本8「不眠症」(2017年改訂版)
不眠症
T 不眠症とは
 不眠症は睡眠障害の一つです。睡眠障害は通常、@不眠症、A過眠症、B睡眠のリズム障害、C睡眠中の異常行動に分類されます。本小論では、なかでももっとも頻度の高い不眠症について述べたいと思います。
 不眠のタイプには、なかなか寝付けない(入眠困難)、一旦寝付いても直ぐに目が覚める(中途覚醒)、朝早く目が覚める(早朝覚醒)、の三つがあります。自覚的に「眠れない」(熟眠感の欠如)と感じたら不眠症と呼ばれます。不眠症は、その原因や病態によって9つに細分化されています。
ただ不眠症の診断は大変簡単です。不眠症という言葉を知っている人であれば、医療関係者でなくても誰でも簡単に診断できます。風邪を例に考えると分かりやすいかと思います。熱が出て、喉がいがらっぽくなり、次第に咳込んでくると誰もが「風邪かな」と疑います。しかし、それだけで風邪とは言い切れません。肝炎などでは初期症状が風邪によく似た症状が現れることがあるからです。その場合、血液検査が診断に重要になってきます。
一方、不眠症の場合は、誰でも「眠れない」と自覚して、日常生活に支障を来すようであれば「私は不眠症」「あなたは不眠症」と診断できるのです。また「眠れない」という不眠の自覚は、人によって千差万別です。よく言われますようにナポレオンは4時間の睡眠で充分ですから、彼が「眠れない」と言わない限り不眠症とは診断されないのです。
U 睡眠障害と不眠症の種類
 1.睡眠障害の種類
先に、@不眠症は睡眠障害の一つで、他の睡眠障害にはA過眠症、B睡眠のリズム障害、C睡眠中の異常行動があると述べました。ここで簡単に説明します。
 A過眠症:昼間の過度の眠気のことです。学生が「退屈な先生の授業で眠気を感じる」のを過眠症と呼ぶかどうかは横において、何らかの原因で夜間に十分な睡眠がとれず、翌日「眠い」と自覚すれば過眠症になります。それとは別に、過眠症のなかにナルコレプシーという病気があります。ナルコレプシーでは、昼間の持続的な眠気があり、どんなところでも眠気に襲われそれを我慢できずについ5分から10分ほど眠ってしまうのです(睡眠発作)。目が覚めたときは爽快です。睡眠中に金縛りにあったり、睡眠に入るときに幻覚を見たりします。私が幼少の頃,この病気に罹ったいとこがいました。当時私は5歳ころで,いとこは中学生でした。いとこの家に遊びに行ったときに彼女が「眠り姫」とからかわれていたのを覚えています。その時はその言葉だけが妙に記憶に残っていて,大学生になって「あー,いとこはナルコレプシーだったんだ」と納得しました。珍しい病気ですが,今日では治療薬もあり,彼女もからかわれずにすんだかもしれません。
 B睡眠のリズムの障害:ジェット機で海外旅行に行くときに起きる時差ボケや交代勤務(看護婦などの仕事)などで起きる不眠/過眠を言います。なかには、稀に、地球の昼夜の24時間リズムと合わないリズムを持つために、睡眠時間が毎日ずれてしまう人がいます。1日を24時間で過ごせないのです。
 C睡眠中の異常行動:睡眠中に限って現れる現象のことです。夢遊病、夜驚症、夜尿症は子どもに見られます。私の臨床経験では睡眠中に突然起きあがり暴れ回るという人がいました。
 2.不眠症の種類
 1)精神生理学的不眠症
 仕事上のストレスや個人的な悩みや心配事が続くと眠れなくなることがあります。ストレスは睡眠リズム(約90分の周期)に影響を与え、これを短縮させます。ストレスを少なくするにこしたことはないのですが、人によっては心配事が解消してもそのまま眠れない日が続くことがあり、このような不眠症を精神生理学的不眠症と呼びます。このため日常生活に支障を来し、仕事でミスをしたり、作業をすることが苦痛になることが生じます。不眠症のなかでもっともよく見られるもので圧倒的に頻度が高い。
厄介なのは、心配事のために不眠が生じ、「今夜も眠れないのではないか」と不安が高まり、不眠が不眠を呼ぶ悪循環が形成されます(不眠恐怖症)。性格も関与するのでクスリだけでは解決をみないこともあります。この型の不眠症のなかには体温のリズムが乱れている人がいます。健康な人の体温は、昼間の3時頃から夕方にかけて最高に達し、明け方の4時頃がもっとも低くなります。体温が下降するときにもっとも入眠しやすくなります。加齢現象で60歳を過ぎてくると、最高体温は3時頃に頂点になるなどの変化が生じます。年をとってくると不眠症が増えてきます。男性と女性では女性に不眠症が多い特徴があります。
 2)睡眠時の異常運動に伴う不眠
 寝相が悪くないかどうかを聞くとよくわかります。睡眠中に下肢が急に動いて睡眠を妨げるのです。下肢が瞬間的にぴくんと動いて、膝や足が挙がるのです。この下肢の異常運動を専門用語でミオクローヌスと言います。高齢者の男性に多い傾向があります。ただ、本人は下肢の異常運動を自覚していません。この場合、ランドセンという薬が著効します。また、ムズムズ脚症候群という不眠症もあります。床について眠ろうとすると足がムズムズして眠れなくなるのです。
V 不眠症の治療
 1.医師との共同作業
 先ず、不眠となったきっかけを探します。しかし、慢性に続く不眠症の場合、きっかけは忘れ去られていることが多いようです。もし不眠のきっかけや不眠が慢性化するに至った原因が見つかれば、それが解決されるにこしたことはありません。例えば、アルコール依存症では慢性の不眠症が見られることがあります。うつ病では不眠が必発です。
 2.生活習慣の正常化
 当然のことですが、昼寝や夜早くからの臥床をやめて、カフェインやアルコールの飲み過ぎに注意します。コーヒーでカフェインを摂る場合、コーヒーを一杯飲んで、30分後に脳を覚醒させます。そしてその作用は5、6時間持続します。なので、夕方以降のコーヒーは止める方がよいでしょう。また、無理に眠ろうとするのではなく、眠たくなったときに横になり、翌日の覚醒する時間を決めるのもよいでしょう。
 不眠の代償を昼寝でカバーする場合、経験的にも30分以内に留めたほうがよい。1時間以上の昼寝だと睡眠リズムが乱れ,自律神経にも悪い影響を与えます。だれでも学生時代に授業中の居眠りの心地よさは経験したと思います。あの居眠りが30分以内なのです。これだと心身がリフレッシュし,しかも夜の睡眠の妨げになることはありません。
 3.良質の睡眠をとるための対策
 1)睡眠環境の調整
 室温が27℃から上昇するにつれて、睡眠時間の短縮と深い睡眠が少なくなるために熟眠感が減少します。適度な温度が保たれるとよいのです。騒音は不眠の原因に一つになります。厚いカーテンや二重窓で騒音を遮る必要があります。部屋の明るさ(照明)は個人差があるので、自分にあった明るさがよいでしょう。あと枕や布団の固さなども睡眠に影響を与えます。
2)睡眠習慣の確立
 寝る前に、日本茶やコーヒー、紅茶、タバコは控える方がよいでしょう。ある研究では、チーズや牛乳などのL-トリプトファンを多く含む食物を摂るとよいという報告があります。極端なダイエットで体重が減少すると、夜間にちょくちょく目が醒めたりしやすくなります。軽い運動は寝つきをよくします。特に、夕方遅くの20〜30分の散歩は効果的です。睡眠習慣をつけるには、毎朝の起床時間を決めるとよいでしょう。日曜日など寝過ぎると、その日の夜入眠が難しくなります。その結果、睡眠時間が短くなって目覚めが悪くなります。
 3)モーツアルトを聴く
悩みを解決して,しかも上記の工夫をしても不眠症が治らない方に,確実に眠れる方法を教えます。私の経験ですが,かなり確実性の高い方法です。それはクラシック音楽を寝る前に聴くことです。
私は,中学生の頃,クラシック,それもモーツァルトを聴くとものの数分で深い眠りに陥っていました。当時は,そんな自分に「クラシックは分からないんだ」と,多少自分の感性に失望し,主にビートルズなどのロック系の音楽を耳にしていました。大学生の頃など,粋がってクラシックのレコードを買ってきて一人で聴くのですが,やはりものの数分もしないうちに寝てしまって,「僕にはクラシックは合わないんだ」とがっかりすることを何度も繰り返していました。
ところが医院を開業して,CDが聴ける車を購入して,仕事の行き帰りにCDを聴くようになりました。それが,もうロックはどうしても聴けないのです。聴くと返って疲れるので,自然にクラッシク音楽を選んでいました。それもヴァイオリンに凝って何枚もCDを買い集めました。疲れ果てた心と身体にヴァイオリンがとても心地良かったのです。それで音楽療法のことを少し勉強してみました。すると,疲れた心やくたびれた脳にモーツァルトが良いという論文をよく目にしました。試しに持っていたモーツァルトを聴くとほんの数分で眠りに陥ったのです。しかし今度は,昔のように失望することはありません。それは私がモーツァルトに反応したからだと考えることができるからです。
多くのモーツアルトの曲は,その6割以上を3000〜4000ヘルツ以上の高周波音が占めているのだそうです。そのため,その音を聴くと,副交感神経が優位になって心身がリラックスし,体調が改善すると考えられているのです。モーツアルトは眠りに誘うだけではなく,記憶の改善にも効果があるので,多くの老人施設のバックグランド・ミュージックによく使用されています。どうでしょうか,不眠症で苦しんでいるあなたも今晩からでも寝る前にモーツァルトを聴いては如何ですか。必ずや質の良い睡眠を確保できます。
W 不眠症の薬物治療(睡眠導入剤)
 不眠症の薬物治療はベンゾジアゼピン系の薬が代表的です。この薬以外には、非ベンゾジアゼピン系とバルビツール酸系があります。バルビツール酸系の睡眠薬は、大量に服用した場合生命を失う危険性がありますし、使い続けているとだんだん効かなくなり用量が増えたり(耐性ができる)、依存性が形成されやすいので、当院では使用していません。バルビツール酸系は、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬が登場するまでは睡眠薬の主流を占めていました。その当時の評価(睡眠薬中毒)が今日でも残り、「睡眠薬は恐ろしい」というイメージがあるようです。ところがベンゾジアゼピン系の薬は、このような欠点のない、安全性の高い睡眠導入剤です。また、非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬(アモバンやデパス)も安全性が高く薬理作用もベンゾジアゼピンと同じですので、ここでは同様の扱いをします。ここでは、このような耐性や依存性が少なく、誤って大量に服用しても生命の危険の少ない、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を中心に説明いたします。
 1.不眠のタイプで用いる薬も変わる
 薬は服用されると速やかに血液に吸収され、血液中の濃度は最高値に達した後、肝臓で分解され身体から排出されます。この最高濃度値の半分の値になるまでの時間を半減期と呼びます。この半減期の長さによって、超短時間型(3時間)、短時間型(6-8時間)、中間型(15-24時間)、長時間型(40時間以上)、の四つにタイプ分けされます。
 1)超短時間型、短時間型
 寝つきの悪いタイプの不眠症によく用います。心配事があって眠れない、枕が変わってなかなか寝つけない、明日の試験などを控えて寝つけない、などの場合に用います。慢性の不眠症には向きません。それは薬を止めるときに、急に中断できないからです。徐々にやめるなどの工夫を必要とします。このタイプの入眠剤(ハルシオンなど)は一過性の健忘症を起こすことがあります。一旦寝付いて,途中で覚醒したときの記憶をなくすことがあります。たとえば,途中で目覚めて冷蔵庫のもの食べたことを翌日になって思い出せなかったりします。
 2)中間型
 用量を少なくして軽い不眠症や慢性の不眠症にも用います。入眠障害に加えて、中途覚醒や早朝覚醒がある場合に用います。頑固な不眠にはサイレース(=ロヒプノール)がよく使われますが,この薬はアメリカでは使用許可が出ていません。作用が強いのが禁止の理由になっています。
 3)長時間型
 2日以上も薬が体内に残るので、高齢者には向きません。ただ、薬離れは容易いので慢性の不眠症に用います。というのは、2,3日薬が残っているので、翌日薬を服用しないで眠れることがあるからです。しかし、欠点は昼間眠たくなることです。その場合、用量を少なくするなどの工夫が必要です。
 2.睡眠薬の正しい服用の仕方
睡眠導入剤と言っても、薬をのめば直ぐに眠れるわけではありません。薬をのんで「眠気がくるまで」と考え、テレビを見たりしていると眠れなくなります。薬をのんだら直ぐ布団にはいることです。その上で、起きる時間を決めた方が翌夜の睡眠によいようです。眠れないからといって朝遅くまで寝ていると、昼夜逆転の生活になってしまいがちです。
薬をのむとやめられなくなると考えて、のんだりのまなかったりして悩むよりは、快適な生活を得るためにも、安心して服用することが賢明です。長くのんで、眠れるようになって、止めたくなったときに、医師に相談する方が生活も快適に送れます。超短時間型の睡眠薬は、やめるときに工夫が入ります。急にやめると、反動で2〜3日眠れなくなることがあります(反跳性不眠)。中間型の薬に変更するなどしてやめていくとやめられます。
 3.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
 日本で処方される薬にはゾルピデム(マイスリー)、ゾピクロン(アモバン)、エスタゾラム(ルネスタ)があります。これらの薬に加えて、メラトニン受容体作動薬のラメルテオン(ロゼレム)、オレキシン受容体拮抗薬のスボレキサント(ベルソムラ)といった新しい作用機序を持つ睡眠薬も処方されています。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の特徴は副作用が少なく安全性が高いこと、即効性に優れ作用時間が短い、ことです。特に、ベルソムラは反跳性不眠がないので眠れるようになったときに減薬・中止が容易にできます。欠点は作用時間が短いのと単価が高いことです。

※ 不眠症のことをもっと詳しく知りたい方は、「不眠症ガイドライン」をキーワードにインターネットで調べることができます。「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」に辿りつけます。最新の知識が満載されていますのでご参考までに。
posted by 川谷大治 at 21:24| Comment(0) | 日記

精神科読本7「精神科の薬」

精神科読本7「精神科の薬」(2017年改訂版)
                  神科の薬
T.精神科の薬(向精神薬)の歴史
 本小論では精神科の薬に関する正しい知識と賢い服用の仕方について解説したいと思います。それによって薬の副作用を少しでも少なくできたらと思います。
 1.向精神薬の歴史
 精神科で処方される薬は「精神活動をよい方向に変化させる」という意味で向精神薬と言われます。人類が最初に手にした向精神薬はアルコールです。酒は対人関係を和ませ、飲む人の気持ちを愉快にさせる作用があり、飲み方によっては百薬の長にもなりますが、間違えば命を短くもします。非常に貧しい暮らしを強いられた昔の日本人にとって酒はどんなものだったのでしょうか。室町時代にスペインから宣教師がやって来たときの報告を読むと、「日本人は酒好きで、互いに酒を無理に勧め合い、ある者を酔わせて前後不覚にさせるのを好む。酔っぱらって酩酊するのを自慢する」などと書かれてあります。当時の酒の飲み方も現代の「一気飲み」につながり、400年間変わらない日本人の姿に苦笑を禁じ得ないのは私だけではないでしょう。酒以外にも、茶・コーヒー、タバコ、麻薬、大麻、阿片、コカの葉、などが地球上の各地で、宗教的・医学的な目的で用いられました。南米のグァテマラの山奥では今日でも精神病にかかると、シャーマンによって幻覚を引き起こすキノコを用いた治療が施されているのです。
 19世紀に入って、阿片からモルヒネが抽出され、動植物からの有効成分の抽出や新しい化合物の合成が始まりました。向精神薬としては、催眠・鎮静薬がこの頃登場しました。これらの薬を用いて持続睡眠療法という治療法が編み出されました。精神病を患うと、鎮静させるために、数日間の睡眠を持続させて治療したのです。また逆に、精神に異常を発現させる物質(幻覚剤)も合成されました。代表的な薬としてLSDがあります。しかし、精神疾患の治療にこれらの薬物が用いられることは少なく、逆に中国では阿片中毒のような悲劇が起きたのです。
 2.抗精神病薬フェノチアジンの登場(1952年)
 抗精神病薬(神経遮断薬)が登場したのは第二次世界大戦後です。抗精神病薬の走りとなったフェノチアジンという薬は、19世紀に色素の合成原料としてつくられました。1930年には駆虫薬として、1940年代にはその誘導体が抗ヒスタミン剤として注目されました。抗ヒスタミン剤は今日でも鼻水止めの薬として用いられています。ところが、抗ヒスタミン剤を服用すると頭がボーっとして眠気が副作用として出ます。この副作用が脳に対する中枢作用によるものと言うことが分かり、研究に拍車がかかりました。より強力な催眠・鎮痛効果をもつ「脳に直接作用する中枢性の自律神経安定剤」が研究されるようになったのです。フェノチアジン誘導体の一つであるクロールプロマジンはフランスのローヌプーラン研究所によって開発され、最初は麻酔薬の効果を延長させる目的で手術前の患者に投与されました。その際に、穏やかだが無表情で手術に対する無関心さが観察されたのです。それがきっかけで、1952年にDelayによって精神科の患者に初めて投与され、統合失調症を中心にその有効性が見出されたのです。これが今日の向精神薬による治療の幕開けとなりました。
 3.抗不安薬の登場(1960年)ーいわゆるトランキライザー
 ベンゾジアゼピン系の抗不安薬はアメリカのロッシュ研究所で開発されました。1960年にクロールジアゼポキシドが染料から化学合成されました。続いて1963年にはジアゼパンが生まれました。わが国では前者は1961年に後者は1964年に商品名で承認発売されました。以来、ベンゾジアゼピン系の薬は数多く開発されてきました。しかも抗不安薬の薬理作用の一つである催眠効果は優れ、安全性の高い多くの種類の睡眠導入剤が開発されました。
 4.三環系抗うつ薬(1957年)と抗躁薬(1949)の登場
 三環系の抗うつ薬の第1号はスイスのガイギー社で開発されたイミプラミンです。1957年にうつ病に投与されてその有効性が確認されました。以後、多くの三環系の抗うつ薬が開発され、最近では副作用の少ない四環系の抗うつ薬も開発されています。優れた抗躁病効果をもつ炭酸リチウムは1859年に痛風と膀胱結石の治療に用いられていました。炭酸リチウム(商品名:リーマス)は原子番号3の元素で自然界には昆布に多く含まれています。躁病に使用されたのは1949年と早かったのですが、使い方が難しく、血液モニタリングができるようになった1980年頃から急速に使用されるようになりました。最近では、再発性の頑固なうつ病や感情調整薬として用いられるようになっています。
 5.SSRI、SNRI、そして非定型抗精神病薬の登場
1990年代から登場した、これまでの向精神薬の副作用を改善した画期的な薬です。
U 抗精神病薬
 今日では定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬に分類されます。1950年代の抗精神病薬の発見により、統合失調症の症状は興奮や幻覚や妄想などの陽性症状に関心が払われていました。定型抗精神病薬によってこれらの症状は劇的に改善されるようになりました。しかし問題点がいくつか残されていました。薬による副作用があることと統合失調症自体の回復には必ずしもつながらなかったという反省です。幻覚や妄想は改善されても、四季を感じ、世の移り変わりに関心を示し、目的ある生活を送り、恋人と語り合い、時には芸術を楽しむといった、人生を生き生きと過ごすことまでには改善されなかったのです。家にこもり人と会いたがらない、生活を楽しめない、感情が鈍になるなどの陰性症状には定型抗精神病薬は効果が薄かったのです。
 1.定型抗精神病薬:開発された1950年代から1980年代までは統合失調症の第一選択薬でした。主なものにフェノチアジン系やブチロフェノン系の薬があります。興奮、幻覚、妄想に優れた効果があります。ただ、筆者は神経症やうつ病や躁病にも少量用いることがあります。それは、内的な興奮が強いとか怒りが激しいときに鎮静作用を期待して用いています。定型抗精神病薬には強力な抗不安作用があるのです。これまで長期間苦しんでいた神経症の方が完治した方を経験しています。少量の投与(統合失調症に使用する量の10〜20分の1程度)ですので副作用も少なくて済みます。
 主な定型抗精神病薬として、コントミン、ヒルナミン、セレネースなどがあります。急性期治療と維持療法と再発防止の目的によって使い分けられます。一般に急性期症状の改善にともなって薬物も減量されますが、その量は薬物の種類や患者によってまちまちです。薬物治療を勝手に中断しますと、中断後3〜6ヶ月以内に70%の方が再発すると言われています。しかし維持療法はいつまで行うかという疑問は大変難しい問題です。急性の発症の場合は治りが良い割に再発もしやすいとか、その人を取り巻く環境も考えなくてはいけません。
 定型抗精神病薬の問題点は副作用が強いことです。非定型抗精神病薬が登場するまでは統合失調症の第一選択薬でしたが、今日では四番目に選ばれるか、非定型抗精神病薬の効果が出るまでに短期間補助薬として用いられたりする程度になりました。そのため上記の薬は古典的神経遮断薬とも呼ばれています。
【副作用】
1)投与初期:過剰に鎮静させることで一日ボーっとして頭の働きが鈍ることがあります。また錐体外路症状といわれる症状があります。その一つに、精神を安定させるための薬なのにかえって落ち着かなくなることがあります(アカシジア)。人によっては身体の動きが緩慢で固くなることもあります(パーキンソン病)。しかし以上の副作用は量を加減するなど、副作用止めの薬(アキネトン)で軽減されます。その他の副作用には鼻づまり、口の渇き、立ちくらみ、便秘などの自律神経症状、薬物アレルギー、けいれん、脳波異常が見られることがあります。幼い頃に熱性けいれんを頻回に経験した方は、けいれんを引き起こさない薬を服用した方がよいでしょう。
2)長期連用:大量の薬を長い間飲み続けていると、肥満や月経停止が見られることがあります。これらは薬の調整が必要になってきます。また、遅発性ジスキネジアといった口のもぐもぐ運動が頑固に続くといったことがあります。時には、口の渇きのため水を飲み過ぎて水中毒にかかることがあります。
3)重篤な副作用:上記の薬を服用していて注意しなければならない重篤な副作用は悪性症候群です。頻度はまれなのですが、急激な高熱(40度)、著名な発汗、過剰な唾液分泌、体が硬くなる、全身のふるえ、意識が遠くなる、などの場合は服用を中止し、主治医に連絡してください。身体が衰弱しているときに大量の抗精神病薬を服用すると起きやすいので注意が必要です。
 2.非定型抗精神病薬
 定型抗精神病薬の反省に立って登場したのが非定型抗精神病薬です。意欲を高め、人間関係を良くし(他人に対する猜疑心や攻撃心を弱める)、思考の働きを良くする薬が開発されたのです。非定型抗精神病薬の登場によって、「霧が晴れたようにある」、「好きな小説が読めるようになった」、「音楽が分かるようになった」と喜んだ患者さんが増えたのです。非定型抗精神病薬に分類される薬にはリスパダール、ジプレキサ、セロクエル、ルーラン、エビリファイ、ロナセン、シクレストという薬があります。しかもこれらの薬は定型抗精神病薬の厄介な副作用が少ないのが特徴です。ただ、リスパダールの体重増加、ジプレキサの体重増加と糖尿病の併発、セロクエルの体のだるさと体重増加と糖尿病の併発が生じるのは難点です。そして、薬の値段が高いのも頭の痛いところです。
V 抗不安薬
 精神科読本シリーズ「神経症」で解説したように、神経症の本質は不安にあります。この不安は「落ち着きがない、なんとなく恐ろしい、じっとしておれない、緊張する、イライラする、何か不吉な予感がする」といった精神症状と「動悸、めまい感、呼吸困難感、下痢や食欲不振、肩こり」などの身体症状としてあらわれます。対象のない漠然とした不安感は一般人口の2〜5%に見られるという調査報告もあります。不安は神経症、うつ病、心身症などによく見られます。極度の不安状態の時は抗精神病薬を用いることがあります。抗不安薬はこのような不安感や身体症状を軽減します。その代表的な薬がベンゾジアゼピン系(BZD)の薬です。
 BZD系の抗不安薬としては以下の薬がよく使われています。
 1.抗不安作用が中等度の薬:セルシン
 2.抗不安作用は強いが副作用も出やすい薬:レキソタン、ワイパックス、セ   パゾン。しかしワイパックスは高齢者にも安心して使えます。
 3.新しい抗不安薬:コンスタン、メイラックス、デパス、などがあります。コンスタンはパニック障害の第一選択薬です。デパスはわが国で開発された薬で抗不安作用はセルシンの数倍と強く、筋弛緩作用も優れています。
 4.BZD系以外の抗不安薬:βーブロッカー(ミケラン、インデラ   ル)が有名です。動悸、振戦、発汗などの身体症状に効果があります。不安神経症によく用いられます。
 【ベンゾジアゼピン系抗不安薬の薬理作用】
 1.抗不安作用:過度の不安や緊張を軽くし、怒りや周囲からの影響を少なくします。泰然とした心理状態になります。
 2.抗けいれん作用:抗てんかん薬として使用されます。
3.筋弛緩作用:筋肉の緊張を緩和します。肩こりや腰痛にも効果があります。
4.催眠作用:睡眠に誘い不眠を解消します。
 【ベンゾジアゼピン系抗不安薬の副作用】
 上記の薬理作用が過剰になると副作用として出現します。たとえば、催眠作用は眠気や倦怠感として、筋弛緩作用は脱力感やふらつきとして現れることがあります。催奇形性の問題も他の薬よりも軽く、内臓に負担の少ない、安全性の高いのがBZD系の長所なのですが、長期連用による常用量依存が問題になっています。BZD系抗不安薬の常用量依存とは「本来の症状は改善したものの、服用を中止すると離脱症状が生じるため断薬できない病態」を指します。そしてその常用量依存は「社会的障害は目立たないものの、離脱症状のために中止ができない静かな依存」なのです。症状が軽減し、生活に支障を来さなくなったら、離脱症状を防ぎながら徐々に減量していくと、中止できます。
W 抗うつ薬と抗躁薬
 1.抗うつ薬
 三環系抗うつ薬はイミプラミン(商品名:トフラニール)から始まりました。三つのベンゼン核を持っているので三環系と呼ばれています。トフラニール以外にはトリプタノール、アナフラニールなどがあります。トリプタノールは不安・焦燥感の強いうつ病に、トフラニールは意欲の低下やパニック症状に、アナフラニールは抑うつ気分・強迫症状にそれぞれ効果があります。これらの薬は効果発現までに10日は要することと、副作用(立ちくらみ、口渇、便秘など)が抗不安薬よりは強いことが難点ですが、抗うつ効果はシャープで絶大です。
 1980年から、三環系抗うつ薬の欠点を少なくした第2世代の抗うつ薬の四環系抗うつ薬が開発されました。効果発現が短く、副作用が少ないのが特徴です。テトラミド、ルジオミール、テシプール、などの薬です。
 そして、1991年には副作用は少なく三環系抗うつ薬と同等の抗うつ効果をもつデジレルが登場し、第3世代の時代に突入しています。そして選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が米国を始め欧州でも驚異的に用いられるようになってきました。今ではSSRIは世界bPの売り上げを記録しています。日本では1999年からルボックス、デプロメール、パキシルという薬が市場に出ています。さらに2000年からはセロトニンとノルアドレナリンの双方の再取り込みを阻害する薬SNRI(トレドミン)が登場しました。SSRIの厄介な副作用である消化器症状が少ないのが長所ですが、男性で排尿困難を起こしやすいので前立腺肥大症の方には不向きです(詳しくは精神科読本2「うつ病」を参照)。
 以上の抗うつ薬以外にはドグマチールがよく用いられます。非常に便利な薬で少量だとほとんど副作用がありません。ただホルモン系への副作用があり、女性では月経不順や乳汁分泌が見られます。しかし投与を中止すると元に戻ります。最近では、ランドセンというベンゾジアゼピン系の薬に抗うつ効果があることが分かりました。抗躁薬のリーマスと同じ感情調整作用があります。また甲状腺末は遷延性のうつ病に効果があることが分かっています。半年以上もうつ状態が続いている人の場合、甲状腺機能を測定することが勧められます。
 2.抗躁薬
 先にも紹介したように、炭酸リチウムが躁病に用いられたのは早く、広まったのは1980年代に入ってからです。躁状態の60〜80%程度の方に有効です。リーマスの効果発現には5日間以上程かかりますので、治療初期には抗精神病薬の併用を必要とします。軽症から中等度にはリーマスが効果的ですが、重症になると抗精神病薬が効果的です。副作用は中毒作用です。吐き気や手指の振戦や多尿が比較的早く現れます。長期連用の場合甲状腺の機能を検査する必要が出てきます。これらの副作用には注意が必要です。血中濃度をモニタリングしながら服用する必要があります。テグレトール、デパケン、そしてラミクタールという抗てんかん薬は抗躁薬としても用いられます。また、リチウムは1940年代のアメリカで血圧を下げるための代用品(塩化リチウムは食塩と同じ味)として使われたことがあります。ですから、食塩の摂取量が少ないと炭酸リチウムの副作用が出やすく、逆に多いとリチウム濃度が下がり効果が少なくなります。これが、炭酸リチウムを服用するときは食塩の摂取量を8〜10g程度の一定量にすることが望ましい理由です。
X 向精神薬と他の薬との相互作用
 向精神薬を服用して質問が多いのが他の薬との併用についてです。基本的には、アルコール以外のものであれば、安心して併用してかまいません。できれば薬の種類は4種類を越えないようにしてください。しかし、他の慢性疾患を併発しどうしても4種類以上の薬を併用しなくてはいけない場合、主治医によく相談することです。
 注意を必要とするのはリーマスを考えておいて下さい。リーマスは腎臓で再吸収され排泄されます。したがって、腎臓の働きに作用がある薬が心配になってきます。たとえば、風邪を引いたときに服用するアセトフェノミノン(PL顆粒や市販の総合感冒薬に含まれています)がリチウムの血中濃度を高めますので要注意です。風邪を引かれたときは主治医に相談して下さい。抗精神病薬の場合、喫煙によって血中濃度が低下することが報告されています。また、コーヒーと一緒に飲みますと、互いに結合するために凝縮し腸からの吸収が悪くなります。コーヒーは1日に3杯以下に減らした方がよいでしょう。
posted by 川谷大治 at 21:17| Comment(0) | 日記

精神科読本6「親のための思春期講座」

精神科読本6「親のための思春期講座」(2017年改訂版)
『親のための思春期講座』
T はじめに
思春期の子どもたちの診断と治療が難しいのは、「思春期ならびに青年期の精神病理はしばしば非定型的で個人差があり、しかも時間の経過や状況の変化にともなって推移する」(西園)からです。子どもは小学校の高学年になって思春期に入ります。自分について考えるようになるので,この時期を特別に自我の芽生えと言います。自分を周囲との関連で考えるようになり、恥の感情や劣等感を抱きやすい時期でもあります。
この頃から、子どもは身体的・生理的変化に刺激され、心を揺さぶられるようになります。そしてそのまま中学校といった一回り大人びた社会に入っていきます。中学に入学した当時を思い出して下さい。そのとき子どもは独りのときの自分と集団の中の自分との両方を経験し意識するようになります。子どもは集団のなかで自分を見いだせずに苦しみ悩み、何かに自分の価値を見出そうと必死なのです。そんなときに、理想的な自己を発見できるような人との出会いは喜びであり勇気づけられます。思春期は人との関係が重要になる時期なのです。
 本稿では、日常よく遭遇する思春期の子どもたちの診察場面から論を起こし、そのときどのような対応をとったらよいのか、家族はどのような配慮をすべきか、等について述べたいと思います。
U 思春期に起こりやすい精神症状と行動異常
 1.思春期に起こしやすい精神症状と行動異常
今日の思春期患者の大きな特徴は「パーソナリティの未熟化」と言われる現象です。たとえば振る舞いは発症する前と比較して幼児的になり、心の内に起きる感情や葛藤を自分の悩み、苦痛として感じないように行動でもって処理し、その多くが他者を巻き込んでいきます。応対した相手次第で症状も変化し、行動異常を伴うことが多くなります。抑うつ的かと思えば、精神病的でもあり、世間を騒がす問題行動も起こすのです。以下にその特徴を述べてみましょう。
 実際にはそうでないのに、「人が僕の悪口を言っている」、「『馬鹿、死ね』という声が聞こえる」と言った話を子どもが口にするなら、子どもに異常事態が起きていると判断できるでしょう。加えて、眉間にしわを寄せ、あたりをきょろきょろうかがったり、コミュニケーションが取れないのであれば、迷わず精神科へ連れていくでしょう。また、表情が冴えず、全体に活気がなく、会話が少なくなり,食事もいけなくなるとうつ病を疑うでしょう。加えて,不眠(早朝覚醒)、特徴的な自律神経症状、体重減少、などの身体症状があればうつ病は間違いないでしょう。
 ところが、このような子どもたちでも、相手次第で、受け答えも良く、家族の話とは別人のような反応と態度を示す子どもがいるのです。たとえば家では、家族と口をきかず、友達とも会わず、部屋に独りで閉じこもり、昼夜逆転の生活を続ける子どもがいます。それも、2カ月も3カ月も閉じこもり続けるのです。しかし彼らが必ずしも統合失調症を患っているわけではありません。現実社会(学校)でのつまずきから、そのような行動異常に発展していることがあるのです。
 また精神科以外の科を最初に受診する子どもたちの中には、身体に関する強いこだわりを持つ子どもがいます。自分の身体の一部から臭いが漏れていると必死に訴える子ども、鼻の形が醜いので形成したいと言ってきかない子ども、さらには包茎の手術の段取りを母親にさせる子ども、がいます。母親は子どもの性的な相談にゆとりを失い、子どもの心を理解することを忘れ、親子で病院を奔走する事態になるのです。そしてこのように、変化する身体と自己形成とを巡る問題が、家族を巻き込んだ問題へと発展するのが思春期の特徴でもあるのです。
そして日常の診療でよく遭遇するのが身体の不定愁訴です。めまい、肩こり、頭痛、胃腸障害、などを訴えて精神科以外の科を転々とすることがあります。事態が長引くあいだに、親は怠けていると考え、一方子どもの方もそんな言葉に傷つき、親子関係は険悪になり、最悪の場合は家庭内暴力にまでエスカレートするのです。中には、親の方が子どもの登校拒否を認めたくないがために積極的に精神科以外の医療機関を連れ回る場合もあるので要注意です。
1)統合失調症
 幻覚や妄想などの陽性症状を示していない初期統合失調症の診断は熟練した精神科医でさえ難しいときがあります。口数が少なくなり表情がなくなった,友達と連れ立つことが少なくなり,休みの日など家で過ごすことが多くなって,学業成績も次第に低下してきた,となると統合失調症が考えられます。また中には、幼い頃から偏った発達(運動音痴、手先が不器用、人の中に入れない、親が指示しないと新しいことに取り組まない、など)をしながら成長して、思春期に突入して明らかな統合失調症症状を示す場合もあります。
2)うつ病
 うつ病の若年化が注目され、今日では思春期のうつ病はそれほど珍しくありません。思春期うつ病の多くが社会適応に失敗して発症します。不登校の15%はうつ病であると言われています。社会適応の失敗は男子と女子で微妙に違ってきます。男子だと学業成績や部活の人間関係でつまずき,女子だと友達との関係で傷つき学校に行けなくなってうつ状態に陥る人が多いようです。自分にとって大切なもの(夢や誇り)を失ったときにうつ病になるようです。なるようです,と曖昧な表現をしているのは,他にも種々の原因が考えられるからです。思春期の課題である理想と現実のギャップを埋めていく中でのつまずきのことが多いのです。
3)思春期心性と関連して理解すべき疾患
 以前、わが国でよく見かけた対人恐怖症(赤面恐怖、自己視線恐怖、醜貌恐怖、自己臭恐怖など)と言った病態は「恥」や「恐れ」をテーマとする精神症状が主体でした。中には思春期妄想症と呼ばれる統合失調症に近い病態を示す者もいましたが、最近では代わって、登校拒否や家庭内暴力、手首自傷(リストカット)、摂食障害、境界性パーソナリティ障害(思春期境界例)、家出や有機溶剤乱用などの行動優位の患者が増えています。なかでも、境界性パーソナリティ障害は、多彩な精神症状を持ち、頼っている人に拒絶されると、容易に手首自傷や服薬自殺企図を繰り返すので、精神科の中でもより専門的な対応を必要とします。
 2.態度・コミュニケーションの特徴
 子どもの多くが家族と一緒に医療機関を訪れることになります。私の前では、家族に促されて、自分の困っていることをぽつりぽつりと話し出す子どももいますが、多くは投げやりで、視線を合わせないことが多い。反抗的だが依存的で、権威に従順かというとひどく反発します。そのなかには、やっと医療機関に子どもを引っぱり出すことに成功した家族もいます。その場合、患者の大半が頑なに心を閉ざし、私の対応次第では心を開いてもよいような態度を示します。受診動機を尋ねると、「僕は何も困っていない。親が行こうと言うからただ付いてきただけです」と強がります。しかし、「そう言う親の薦めを断りきれなかったのは、どこかであなたも同意しているのでしょうね」と辛抱強く相手をしていると、素直で依存的な一面を示してきます。そうなると私を理想化し、一過性に事態が改善することがあります。自分をよく理解してくれる医師に出会うと、子どもたちは元気を出します。この体験で立ち直る場合もありますが、最近の子どもの中には、私の前では全幅の信頼を寄せているかと思うと、家では同じ私を見下し、蔑むような発言をして親を当惑させることがあります。この心の働きは、心に思い浮かべる人物や世界と自己を「良い」と「悪い」に二分するので「分裂」現象と呼ばれます。「良い」と「悪い」が分裂し、決して両者は混じり合わないので、対人関係は不安定になってきます。これは境界性パーソナリティ障害に特徴的な対人関係で辛抱強い専門的な対応が必要になってきます。
3.身体の留意点
 身体は多くの情報を提供します。身体に現れている第二次性徴の重要性は敢えて述べるまでもありませんが、医師の指示通り胸をはだけて自分の身体を医師に委ねるかどうか、その時のしぐさや恥じらいの表情などから、彼らが自分の身体の変化を心理的にどう受け入れているかが分かります。登校拒否の子どもによく見られるのが、自律神経の過敏状態(発汗、微熱、背中や肩のこり)です。また身体診察のあいだ、落ちついて椅子に腰掛けておれるか、家族に視線を送ったりはしないか、爪かみなどの癖が見られないか、関わりながら彼らの情緒発達が観察できます。またタバコによる「根性焼き」の痕、腕や手首の切傷、指を口の中に突っ込んでおこなう自発的な嘔吐のために見られるこぶしの吐きだこ、などは重要なサインになります。 
 4.生活史で重要な事項
子どもの発達ラインを考えるとき、思春期には重要な時期が2つあります。小学4、5年の「自我の芽生え」と「魔の中2の2学期」と言われる時期です。この時期に、子どもはさまざまな身体症状や不適応反応(たとえば登校拒否)を起こしやすくなります。このような子どもは、幼い頃に同じ様な訴えをしていることが多いのです。たとえば、環境の変化、行事や催し事のたびに、自家中毒、原因不明の発熱、腹痛、頭痛、などの自律神経症状で小児科を受診していることがあったり、母子分離がうまく進まなかったり、他の園児たちの中に入れないために幼稚園で特別の配慮をされたりしていることがあります。だから母親から離れて家庭外の集団(幼稚園)に入るときの適応スタイルを知ることは、家族が現在の子どもの苦しみを理解できるきっかけになることがあります。
 こうしたいろいろな身体症状や不適応を引き起こす誘因の一つに思春期の性の問題があります。私の経験では、家族旅行中に月経がはじまり、そのときの父親の対応のまずさから3年間も登校拒否状態になった女子がいました。また射精が始まっていない中1の男子は数人の女子グループに発達の遅れをからかわれたのを契機に頑固な頭痛が生じ登校拒否をおこしました。また不幸な生い立ちや過去に性的外傷体験のある女子の場合、思春期の混乱を性急に異性に救いを求める傾向が出てきます。早すぎる性です。正常発達的には、異性の前に同性とのあいだで繰り広げられる同性愛的関係がその後の異性関係への橋渡し的役割を担います。そのためにクラブ活動やアイドル歌手へのあこがれが重要な交流の場となるのですが、こうした段階が彼女らには見られずに、ストレートに異性関係を持つと言った危険な異性との交流が見られるのです。プラトニックな異性関係を経ない早熟な性行為は、パーソナリティ形成過程の障害になることがあるのです。
 5.こころの発達
 それでは「自我の芽生え」の時期と「魔の中2の2学期」について詳しく述べましょう。子どものこころの発達で大切なことは、幼いこころの部分と年相応のこころの部分が混じり合っていることです。決してこころは直線状には発達しないということを押さえて置いて下さい。2012年発刊予定の『現代 児童青年期精神医学』(改訂第2版)に投稿した論文を下書きにしています。
 1)小学生のこころ
 子どもの大脳皮質の発達は10歳前後を境にブレイクします。それは10歳以前の短期記憶中心から物語記憶へと移行する段階です。たとえば、運動会でビリになっても小学1年生の頃は明日には忘れることができたのが、10歳以降ではいつまでも記憶に残り、子どものこころを苦しめるようになるのです。そして、子どもたちは他者の視点を通して自己を見ることができるようになります。それは新しい世界を子どもにもたらす一方で他人が自分のことをどう見ているのか悩ませます。自分が他者よりも劣っているのかそれとも優っているのか、また過去の自身の考え方や行為を振り返り不安と緊張を孕むようになるのです。つまり恥・劣等感・不全感に悩まされるようになるのです。またこの時期は同性の仲間と徒党を組み、行動を共にすることを楽しむようになる時でもあります。それだけに、この頃の仲間からの孤立は強い劣等感を抱かせます。そして虐待やいじめといったトラウマは自己否定に彩られた自己像(「私は悪い子」空想)を抱かせ自己を育む自己像を描けなくさせるのです。
 2)魔の「中2の2学期」
 子どもたちにとってこの時期は「共同体か自己か」という弁証法的な緊張関係の中で、つまり、自己の欲求を押し通すと共同体と衝突し、共同体の益を優先すると自己を失う、という矛盾を経験しながら成長していくので、現実世界が内的世界にとって侵害となることもあるし、内的世界が病理に彩られていると外的世界を客観的に見ることもできなくなります。あなたの子どもさんが近所に迷惑をかけるほどの大音量でロックを聴いていたとします。その時あなたはどのように子どもに対応しますか?「近所迷惑でしょう!止めなさい」と言って素直に応じた子どもには問題があります。この時に親と揉めることで子どもは成長していくからです。争いを避けたということは成長をストップさせたことと同じことなのです。「クソババ」と悪態ついて音量を下げるのがこころの発達に繋がるのです。
 3)17歳のこころ
 逆に、高校生になると自己不全感が最も激しくなり、外的世界よりも内的世界の病理性の比重が大きくなります。高校生の多くが現実世界から引きこもり内的世界(空想)に浸りこころを成熟させていきます。悩みが大人にさせていくのです。この時期にはしっかり悩ませることです。またこの頃は精神疾患の好初時期でもあります。気分障害、統合失調症、摂食障害、パーソナリティ障害等が代表的な疾患です。対社会(家庭や学校)に対する反抗よりも自己破壊的になって自傷行為に走る者が増加しうつ状態を呈する者が増えるのもこの時期です。
 3)大学生のこころ
 さらに高校卒業後、大学進学や就職というアイデンティティの確立の段階へと入ると、「これが私だ」という回答を見出せるかどうかが課題になります。「普通であること」「何にでもなれる」という社会的自己の確立が困難になった現代社会では若者にとっては生きづらくなって、空虚感に彩られた抑うつ、アパシーになるのです。高校生と違ってこの時期の自己破壊的行為はいよいよ深刻なものになり、自傷行為も反復される傾向が強くなります。
 6.どのような子どもが思春期につまずきやすいか
 答えは意外と簡単です。「誰でも」です。この時期につまずかない子どもは,将来小物になると考えてよいかもしれません。江戸時代の鍋島藩の山本常朝という武士が隠居して武士道を論じた「葉隠れ」という書を残しました。その中に,若い頃はハチャメチャで周りを困らせるくらいが成人して立派な侍になると書いています。逆に,若い頃から大成していると成人して立派な侍になれない,とも書いています。ハチャメチャで周りと衝突する人は,それだけ心の痛みを経験し他人の心が分かる侍に成長するということでしょう。ところが最近の子どもたちを見ていると,将来成長するようなハチャメチャな子どもが少ないように感じます。幼い頃からハチャメチャだときっと周囲からつぶされて仲間からも追放されてしまうのでしょう。そのため恥と劣等感が強くなり,他人の心に共感できない,自己愛的な空想に耽る子どもに成長するような印象を持っています。それだけ子どもたちの世界が貧しくなっているのでしょう。
現代の子どもたちは遊びに満ちた避難所を失っているのかもしれません。リストカットを繰り返す子どもたちの心の中は草木1本も生えていない寒々とした世界です。私の前ではとても愛嬌のある他動傾向のある男の子の心象風景は人間が一人も存在しない寂しい世界でした。誰がこんな子どもにしたのか,と怒りを覚えたことがあります。「心ある親なら子どもたちの叫びを感じろ」と思ったことは一度や二度ではありません。
 7.家族の対応
 思春期の子どもたちの対応で大切なことは、今・ここで起きている問題に、常識者としての判断と常識を越えて理解に努めようとする、つまり偏見や先入観にとらわれない姿勢の両方を持ち合わせることが必要です。たとえば、包茎の手術を受けるために母親に受診の手続きをさせている高校生の場合で考えてみます。常識的に考えて、高校生にもなって母親に自分の性的悩みを打ち明けること自体が異常ですが、常識を破ってまで親子を結びつかせているものは何かを理解する姿勢が必要なのです。こうした態度に触れて子どもたちは警戒心を解き、その時の心理的戸惑いや課題をじっくり体験する姿勢が生まれるのです。ただそのためには時間がかかります。早急な解決を求める子どもとそう願って止まない家族に対して、われわれが出来ることは、自分でも処理できがたい相矛盾する感情や考えを時間をかけて体験できるような家庭や学校、社会の環境を如何に用意するかではないでしょうか。悠長なことは言っている暇はない、とお叱りを受けそうですが、共に乗り越えていくことが最も大切な点なのです。どうか短期間で事態が解決しないからと言ってあきらめないで下さい。成長には時間と家族以外の人との関係が必要なのです。
V.おわり
 以上、思春期患者の精神病理の特徴とその対応、家族の対応について述べてきました。最後に強調したいことは、思春期の子どもは自分たちの問題を自らの力で乗り越えるほどのパワーと創造性、つまり自己治癒力を持っていることです。わたしたち精神科医は彼らが成長するための時間と場所を保証することだと考えています。
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精神科読本5「心身症ー心療内科」

精神科読本5「心身症―心療内科」(2017年改訂版)
                   『心身症―心療内科』 
T 心身症とは何か
 私事で恐縮するのですが、6歳の頃、私はハゼの木にまけて顔全体に湿疹ができたことがありました。従弟と2人で山に入ってハゼの木を切ったのが原因でした。1週間ほどで治りましたが、6年後の12歳の夏、再びハゼまけにかかりました。この時、ハゼの木に触った覚えがはっきりしなかったので、不思議に思いました。すると、親戚のおばさんから「ハゼまけはハゼの木の下を通るだけでもかかる」という信じがたいことを聞かされたのです。その言葉は私のこころに残りました。この疑問に応えてくれたのが大学時代に読んだ池見酉次郎先生の『心療内科』という本でした。池見先生は、昭和36年に九州大学医学部に精神身体医学(心身医学ともいう)の研究所を設立し、38年には心療内科(精神身体医学の臨床講座)へと発展させ、わが国で最初に心身医学をおこした人です。大学4年生の夏休みに九大の心療内科を訪れて1週間の研修を受けたのは楽しい思い出になっています。
 私は大学を卒業して精神科を専攻したのですが、不登校の子どもたちの治療をしているときに、再び心身症に興味を持つようになりました。不登校の子どもたちに心因性の発熱や虫垂炎(いわゆる“盲腸炎”)の既往が多いことに気づいたのです。それも、虫垂炎にかかる時期を訊ねると、夏休みに入る直前や行事が済んでホッとしたときという返事が返ってきました。それで虫垂炎に関する論文を集めました。その時に外科医である小坂先生の『がっかり盲腸』という古い論文に出合ったのです。従来、虫垂炎は「非文明国に少なく都会に多く田舎に少ない」と言われていました。小坂先生は、昭和28年に虫垂炎の発症と精神的緊張の関係に注目して「虫垂炎は精神的緊張の弛緩するときに起こしやすい」と発表しました。それが毎日新聞で報道されて『がっかり盲腸』という言葉が有名になったのです。私は大学では教わらなかった心身医学の領域に興味を持つようになって『日本心身医学会』に入りました(現在、送られてくる学会誌を置くスペースがなくなったのを契機に退会しています)。
 しかしこの心身症という言葉は誤解も多い専門用語です。本小論では精神と身体の関係を教えてくれる『心身症』について分かりやすく説明し、皆さまが少しでも身体とこころの仕組みについて理解し、健康維持に役立てれば幸いです。
 1.歴史と概念
 「病は気から」と言います。病気は病の気と書くのに、多くの方が「気の病」は本当の病気でなくて、「身体の病」だけが本当の病気のように考えがちです。作家の夏樹静子の『椅子が怖い』では如何に身体の痛みがストレスに由来することに抵抗するかが詳しく述べられています。意外にも医師や看護婦と言った医療に携わる人たちのなかにストレス要因を軽視する人が少なくありません。
このような風潮に果敢に挑戦したのがフロイトです(精神科読本4「神経症」を参照)。フロイトは、身体はどこにも悪いところがないのに「歩けなかったり」,「目が見えなくなったり」,「声が出なくなったり」する身体症状に精神的原因(無意識の葛藤)があることを発見したのです。それまではヒステリー症状は「嘘の病気」とか「気のせい」とか見捨てられていました。それを究明したのがフロイトなのです。
 ところがフロイト以前の西洋医学では、明治以降のわが国においてもそうなのですが、身体現象と精神現象は別個のものと考えられ研究されてきました。精神現象にまつわる領域は科学という合理性を追求する学問から問題にされませんでした。たとえ小児科医や町医者が「身体の症状が暗示で良くなる」と熟知していても、学問として扱われることはなかったのです。その二つの領域を統合させて研究したのがフロイトの精神分析学です。精神分析では「精神と身体は本質的には一体である」と考えます。ハラハラしたり,驚いたとき「胸がどきどきする」ことは誰でも経験します。精神分析では、精神的原因によって身体症状が起きることを『身体化』と呼びます。このとき病者にとって、身体症状のみに関心が向き、原因である精神的なストレスが意識から排除されている点が重要なのです。つまり、「心身症の発症過程は、原因となった精神的なものが意識から遠ざけられ、身体症状のみに関心が向く」ことにあるのです。例を挙げてみましょう。
 ケースは高血圧で苦しむ40歳代の女性です。彼女は不登校から家庭内暴力を振るうようになった高校生の男の子のお母さんです。高血圧に加えて,肩こり、頭痛、のぼせ、胸の圧迫感、などの身体の不調を伴っていました。父親は仕事にかこつけて子どもの問題は母親に押しつけました。1年後、息子さんが私の治療を受けるようになった頃のお母さんの心身の状態は最悪でした。私は母親の健康状態が気になりいろいろ質問をしました。その過程で、彼女はこの1年間、ほとんど夜が眠れないでいることが分かりました。私は睡眠導入剤を処方しました。直ぐに不眠症は治り、それだけでなく1ヶ月もしないうちに頑固な高血圧までがわずか1錠の睡眠薬で改善されたのです。それまでかかっていた内科医には、日頃の苦労は口にせず、ただ身体の訴えのみされていたと言います。
 フロイト以後、その後の心身医学の研究をリードしたのは、1930年代から40年代にかけてのアメリカの精神分析医たちでした。ドイツでフロイトの直系の心身医学に打ち込んでいたアレキサンダーは、ナチスの迫害にあい、その研究の場をアメリカに求めました。アレキサンダーはシカゴ精神分析研究所において共同研究者たちとともに、高血圧、消化性潰瘍、便秘といった身体の病気に対する精神分析治療を行いました。最初は、ヒステリーにおいて無意識的情動がどのようにして身体症状に転換されるかなど、神経症における心身相関が研究されました。次いで、消化性潰瘍や喘息など、身体疾患でありながら、その発症や経過に特有の心的葛藤やパーソナリティー、その他の心理社会的要因が密接に関連している身体疾患、いわゆる心身症が研究されるようなったのです。しかし薬物治療が進んだ現在,喘息はステロイドの吸引剤で症状がよくコントロールされるようになって呼吸器を専門とする心療内科医が少なくなっているのも事実です。
 2.心身症とは
日本心身医学会は1991年の「心身症の治療方針」の中で、心身症を「心身症とは身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する」と定義しています。末松弘行教授は「胃潰瘍の三分の一ないしは、再発の際の心理社会的ストレスを考えると、三分の二ぐらいケースが心身症として対応したほうがよいと思われる」と述べています。
代表的な心身症に以下の病気があります。
 本態性高血圧、気管支喘息、過換気症候群、胃潰瘍、潰瘍性大腸炎、潰瘍性大腸炎、心因性嘔吐症、拒食症、過食症、糖尿病、肥満症、片頭痛、筋緊張性頭痛、慢性蕁麻疹、円形脱毛症、慢性関節リウマチ、チック、眼瞼けいれん、インポテンス、メニエール症候群、咽喉頭異常感症、耳鳴り、心因性視力障害、月経困難症、更年期障害、心因性発熱、舌痛症、などです。
 よく耳にする病気ばかりです。近代医学が「精神」と「身体」を別個のものとして考えたために、古くから言い伝えられてきた「病は気から」という視点を無くした医師が増えたのです。元来、内科の先生は「心ある内科医」でしたが、次第に「心を見ない内科医」になり、フロイトの登場で従来の「心ある内科医」に戻ることができたのです。言い方を換えると、身体だけでなく心も重視する心身症の専門家や心療内科医がいるということは、精神を排除する身体だけを学問の対象にするといった医学が存在することにもなります。皮肉なことです。
 ところがうつ病の患者は心療内科をしばしば訪れます。心療内科医もうつ病患者の治療を引き受けています。でも,精神科医である私の立場から言いますと,うつ病は精神科医に診てもらうほうがベターではないかと思います。軽症うつ病から中等度のうつ病の場合,心療内科でも十分な治療を受けられますが,精神病を伴う重症の場合は精神科医の方がよいと思います。具体的には,うつ病では心気妄想(実際に自分の身体に異常が起きていると妄想を抱く),微小妄想(自分の存在や価値はまったくないと妄想する),罪業妄想(自分は罪深くて罰せられて当然の人間だと妄想する)を持っていることがあり,しかも更年期のうつ病では自殺の危険性が高く,心療内科では管理上困難なことがあるからです。
U ストレスと病気:病は気からとは本当か
 この心身医学の波はいろいろな医学領域に波及していきました。サイコネフロロジー(精神腎臓病学)という学問があります。わが国には約10万人の透析患者がいます。透析患者は週に3、4回、それも1回4時間ほど、透析を受けないと生命を維持できません。透析を受ける人にとってはかなりのストレスになります。また、幸運にも腎移植が叶えられても、他人の腎臓を移植されることへの罪悪感や葛藤が新たなストレスになりかねません。こうした問題を扱うのがサイコネフロジーなのです。
また、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)では、ストレスと免疫機能の研究が進みました。病名告知に関する医師の責任性、告知を受けた患者の精神的ショックの問題、死を迎えた患者やその家族への対応、などについて研究を重ねています。その中で、それぞれの患者の心を支えてきたものが再評価されてきています。死を迎えた人には「痛みを抑える、過去をほめる、身体をさする」ことが欠かせないと言われています。また癌の自然治癒が精神と免疫機能との関連で究明されてきています。笑いはNK細胞(ナチュラルキラー細胞のことで癌細胞を殺す能力を持つリンパ球)の活性を高め,癌になるのを防いでいます。たとえ癌になってもNK細胞がやっつけてくれるわけですから,日ごろから笑いのある家庭は長生きが多いのです。
 このように病気とストレスは、切っても切れない関係なのです。アメリカのホームズとレイという心理学者たちは人間にとって何がどれくらいのストレスになるかを研究しました。ストレスの第T位は配偶者の死亡 100です。第2位以下は次の通りです。2位離婚73、3位配偶者との別居65、4位刑務所に入所・服役生活63、5位家族の一員の死亡63、6位自身のけが・病気53、7位結婚50、8位失業47・・・。このようなストレスに遭うと,ストレスに負けないように人間の身体は緊張し,交感神経優位になります。身体はアドレナリンを分泌させてストレスに対応しようとするのです。ところが同時に,身体の防衛システムである白血球にも変化が現れます。細菌をやっつける顆粒球が増加し,癌細胞をやっつけるリンパ球(NK細胞)が減少するのです。つまりストレス→交感神経優位→癌細胞が増加する下地を準備するようになるのです。交感神経の優位な人はいつも活動的で積極的です。ぼんやりしていません。ですから癌で亡くなる人の多くが,「あんなにバリバリ仕事していたのに」と惜しまれることが多いのです。ですから,癌にならないためには,副交感神経優位の状態を心がけたらよいのです。モーツアルトを聴き,ゆったりする時間を作ると,アセチルコリンが分泌されて,副交感神経が優位になるのです。
 逆に,アトピー性皮膚炎や花粉症で悩んでいる人たちは,副交感神経が優位になっています。つまり免疫機能が高まっているのです。癌にはなりにくいのですが,いろんな抗原に過剰反応してしまいます。ですから,ここでは副交感神経を緩め,交感神経を緊張させたほうがよいのです。飽食を止めて腹八分の食事を心がける,30分程度は太陽に当たり紫外線を浴びて皮膚を緊張させる,適度な運動を心がけてアドレナリンを分泌させるとよいのです。
 また,ストレスになる心理・身体・社会的問題は個人によってばらつきがあります。連れあいを失って後を追うように急死する人がいるかと思えば、逆に生き生きとその後の人生を送る人がいるのも事実です。ストレスは人によって違うし、ストレスは必ずしも病気の原因にはなりません。とすると、どのような人が心身症になりやすいのでしょうか。
V どのような人が心身症にかかりやすいか
 精神科読本2「うつ病」でも触れましたが、胆嚢疾患にかかっている人にはしばしば抑うつの傾向が認められます。また太った人は快活で躁うつ病と親和性があるとも言われます。心身症にかかりやすい性格傾向も研究されてきました。夏目漱石は胃潰瘍が原因で亡くなりました。夏目漱石は『我輩は猫』のなかで自分自身を次のように描写しています。「彼は胃弱で、皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活発な徴候をあらわしている。そのくせ、多飯を食ふ」。このような人は私たちの回りに結構います。彼らはよく胃薬を飲んでいます。何がストレスになっているのか、その対処方法を身につけると薬代が助かるかも知れません。この胃潰瘍も今日では,交感神経が優位な人に多いことが分かってきています。
 心身症にかかりやすい性格や心的葛藤について研究を始めたのは上記のアレキサンダーです。特に、母子関係と心身症の関連について研究しました。アメリカの心臓学者のフリードマンは心筋梗塞になりやすい人の行動を分析しました。タイプA行動パターン(執着性格)と言われています。その特徴は、
1、言葉が早口で、語気も荒く、家族や部下にもあたり散らすことが多い
2、食事のスピードが早く、食後ものんびりすることが少ない
3、相手の話し方が遅いときや、前を走る車が遅いとイライラする
4、時間に追われている感じが強い
5、同時に二つ以上のことを並行しておこなう
6、自分や他人の行動を質より量で評価することが多い
7、貧乏ゆすりなどの落ちつかない癖がある
8、朝早くから夜遅くまで、また休日でも仕事をすることが多い
9、責任感が強いと他人からよく言われる
 このようなせっかちな人は日本にも多くいます。アドレナリンがどんどん分泌されている人たちと言い換えることもできます(交感神経優位)。彼らにこそ,ゆっくり食事をさせ,α波を増やす心地よい音楽が必要かもしれません(副交感神経優位)。モーツアルトのピアノ協奏曲21番と23番の第2楽章を聴かせたいものです。
またシフニオスが提唱するアレキシサイミアalexithymiaという概念はとても重要です。アレキシサイミアとは「心の内に起きる感情を言葉にすることが欠如している」人たちという意味です。この概念は、1967年に精神科医シフニオスによって導入されました。彼は、心身症の患者に精神分析治療を施していると、感情表出が拙い、夢を語らない、連想が進まない、自分の心の内に起きる感情に出会うと憤りを感じる、患者の一群に気づいたのです。自分の心の内に起きている感情や考えを認識し言葉にすることができない状態です。
 このアレキシサイミアは、心身症、依存症、心的外傷後ストレス障害の状態にある患者にしばしば見られる認知様式や感情の混乱です。例えば、心身症を患うと、精神・身体の危険信号に注意を払わず、平然とした様子をしており、時には姿勢が固く無表情な場合があります。彼らは、過剰適応型人間、特有な母子関係、良い子、手のかからない子、世話型人間とも言われます。人に何か頼まれても「イヤ」とは言わず、不平も不満も言わないわけですから、彼らは回りから「とてもいい人」と言われています。回りに迷惑をかける人たちは心身症にはなりにくいのかも知れません。
 このことはアメリカを中心とした乳幼児精神医学の分野でも研究が進んでいます。テイラーは次のような考えを提出しています。幼い頃に子どもが欲求不満や不安に陥ったときに養育者がその感情を読み取りケアしていく過程で失敗があったときにアレキシサイミアの特徴である「感情を言葉で伝える」能力が育たないというのです。そのために言葉で感情を調節することができなくなるのです。たとえば,赤ん坊がぬれたおしめが不快で泣いているときに,母親が「濡れたままにしておいてごめんなさいね」と言葉をかけることで,赤ん坊の不快な気持ちを言葉にすることで感情を調節する能力が育つのです。黙っておしめを交換されたら,心地よくなっても,その体験が内在化されることに繋がらないのです。ですから深い感情を言葉にして母親に伝える能力が育たないのです。
W 心身症の治療
 心身症の治療を担っているのは『心療内科』と呼ばれる内科の先生です。心療内科医になるためには、身体医学に加えて幅広く心理学を学び、そしてその訓練を受けることから始まります。そこでは、先ほど説明しました「身体化」のメカニズムを熟知し、心理・社会・生物学的な視点をもつようになることが欠かせません。言い換えると、「人間をよく知ること」になります。しかし、特別の訓練を受けなくても立派な心療内科医が世間にはいます。名医と言われる先生たちです。ある患者を幼い頃からよく知っているホームドクターもそうでしょう。患者が、どのような環境に育ち、ストレスが加わるとお腹を壊しやすい体質であるといったその人の身体について熟知し、また彼を育てた両親の価値観や育児状況をも把握し、彼がどのような人生を歩いてきたかに関心と暖かいまなざしをもつ、ホームドクターなら立派な心療内科医なのです。ところが、現代の社会ではホームドクターがその役割を担っていません。というのは、多くの方が生まれた土地を離れることを余儀なくされますし、ホームドクター自身が社会の変動についていけない現状があるからです。
 心身症の治療方法には心理面接(精神療法)と薬物療法が代表的です。精神療法は特別の訓練を受けた医師や心理士によって行われます。精神療法では治療者との心の触れ合いが大切です。それに基づいた信頼関係の上で患者は心にため込んだことを話すことで心が洗われ(カタルシスと言います)、自分の性格や病気の原因について洞察することができます。また、自律神経訓練法やヨガを用いた心身のリラクゼーションも行われます。

参考文献:成田善弘『心身症』 講談社現代新書、1993.
     安保徹『免疫革命』 講談社インターナショナル,2003.
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精神科読本4「神経症」

精神科読本4:神経症(2017年改訂版)
                   『神経症』
T 神経症とは何か
 神経症という医学用語はヒステリーという用語同様、現在使われなくなりました。なのに何故取り上げるかと言いますと、20世紀初頭の欧米の精神医学界では精神病と神経症という2つの疾患を想定し、その間に性格異常(今日のパーソナリティ障碍に相当する)という概念を想定していました。そして神経症は「心因性」で発症し、精神病の対立疾患として捉えられていました。ところが100年後の2017年現在の精神医学界は神経症という用語を廃することによって、「心因」よりも症状中心のカテゴリー診断を優先させ、人間のこころの深い問題を疎かにしているので、私は取り上げたいと思ったのです。将来、「こころ」を想定しない精神科は脳内科と呼ばれていく危険性が非常に高いと危惧しているのです。現在の精神科の潮流は「脳内科」へと進んでいるのです。 1.神経症研究の歴史
 神経症neurosisという医学用語は、スコットランドの医師W・カレンが1777年に最初に使用しました。その概念はきわめて包括的なもので、以下の病気をすべて含んでいました。 
@脳や神経に病変が認められる脳器質性疾患
  脳血管障害(脳梗塞や脳内出血)、パーキンソン病、重症筋無力症、脳炎などの病気です。現在では、主に  脳外科や神経内科で治療されています。
 A身体病に伴う二次的な精神の異常
  内臓や甲状腺などの内分泌器官の病気などです。主に内科の病気です。
 Bてんかん
  意識を失う小発作から全身のけいれんまであります。脳波の異常が見られ、主に薬で治療されます。主に小  児科や精神科で治療しますが、難治性のものは脳外科で治療することがあります。
 C統合失調症や躁うつ病
  主に精神科で治療されますが、軽いうつ病は心療内科でも治療されます。
 Dヒステリーや強迫神経症
  精神科の治療対象になります。
 その後、@からCまでの病気が、医学の進歩によりそれぞれの病名を与えられて、神経症という病名から除外されました。そして残ったDの病気が神経症として扱われるようになったのです。さらに19世紀末以降、シャルコー、ジャネ、フロイトらによって神経症の「心因性」が注目され、心理機制の解明が進み、神経症は解剖学的・器質的な意味での「神経」の病気ではなく、精神的な原因によってひきおこされると理解されるようになりました。つまり、神経症は精神的原因によってひきおこされる病気で、心因性の心身の機能障害なのです。したがって、神経症という言葉はこの病気の本質をあらわしていません。一般の方は「神経症」を神経の病気と誤解している人も多いのではないでしょうか。その誤解は「神経症」という語の使い方によるものが大きいのです。 また今日でも、神経症のドイツ語読みのノイローゼという言葉が、幻覚・妄想を主症状とする精神病のことを指すと誤解する人も一般社会には少なくありません。恐らく神経症現象という領域が、その治療に携わる人でないかぎり、未知の世界のことであるのも関係しているのでしょう。最近の精神医学界では、「神経症」という用語は使用しない方向に進んでいます。
 2.神経症の症状とは
 今日の神経症の概念と理論は精神分析医フロイトに負うところが大きい。フロイトは19世紀末ヒステリーの研究からはじめ、後には神経症一般を扱うようになりました。フロイトが扱った神経症の症状とはどんなものだったのでしょうか。神経症症状には様々な症状があります。それを列挙してみましょう。
 @転換型ヒステリー症状:身体には異常(病気)はないのにいろいろの運動・神経系に異常がおきます。身体  のどこにでも症状が現れます。代表的なものには、
    足:自分の力で立つことも歩くこともできない(失立・失歩)。
    手:しびれや感覚の麻痺(感覚麻痺)。
    声帯:声が出なくなる(失声)。
    眼:視野が狭くなったり、まったく物が見えなくなったりします。
解離型ヒステリー症状:意識の障害です。
    記憶喪失や多重人格が有名です。
 A恐怖症状:ある特定の対象あるいは状況に対して強い不安と恐れを起こす。尖ったもの(先端恐怖)、ある  特定の場所(閉所恐怖や高所恐怖や外出恐怖)、対人関係(対人恐怖)、等々です。
 B強迫症状:ばかばかしい考えとは知りつつもある観念に支配される。
    汚い物に触れたのではないかと思って何度も手を洗う(洗浄強迫)。
    鍵や火の元を何度も確認しないときが済まない(確認強迫)。
 C離人症状:生き生きと自分を感じられない。自分の存在が実感できない。
    現実がピンとこない。まるで絵はがきを見ているような感覚。
D不安症状:漠然とした対象のはっきりしない怖れの感情。
    対象がはっきりしたものが恐怖症状です。
 E心気症状:身体は病気ではないのに、ささいな身体の不調にとらわれ、身体の健康に対してこだわりをもつ  状態。通常、不安を伴います。
 そしてその症状の特徴によって、@はヒステリー神経症、Aは恐怖症、Bは強迫神経症、Cは離人神経症、Dは不安神経症、Eは心気神経症、に分類されるようになりました。他にも、抑うつ神経症や神経衰弱症があります。精神科読本シリーズ1で解説したパニック症も神経症の一つで不安症に分類されます。
 U フロイトの神経症論
 私たちは誰でも一度は「不安」という言葉で表されるような感情状態を体験しています。しかし神経症の人々が、ふつうの人々なら平気な状況の中で、特別に強い不安を抱いたり、一度陥った不安状態からなかなか脱出できずに、いつまでも不安なままでいたりするのはなぜでしょうか。神経症の治療に精神分析療法を編み出したのはフロイトです。フロイトは神経症の本質を『不安』だと考えました。不安はなぜ起こるのでしょうか。フロイトは、こころに三つの組織(超自我、自我、エス)を想定しました。自我とは日常語の「私」のことだと考えて下さい。超自我とは私が考えることや行いを見張っているもう一人の私のことです。超自我は私が悪いことをしないように、また良い行いをするように見張っています。「〜してはいけない」,「〜のような人間になりなさい」と内なる両親の声と考えて下さい。エスとは人間の持っている欲望のことです。「〜したい」「〜が欲しい」と駄々をこねる子供心のようなものです。フロイトは「不安とは、自我がエス、超自我、外界から圧迫をうけ、そのために体験する破局感であり、ことに神経症はエスと超自我との圧迫を自我が処理しきれなかったときに起こる」と考えました。この不安を自我が処理できないときに、その不安が直接自律神経を介して症状が現れるのを不安神経症(パニック障害もここに含まれる)、自我がこの不安をいろいろなやり方(防衛機制)で処理すると、強迫症状や転換症状や恐怖症状になる、と考えました。 
V 今,神経症は?
 今日では神経症という用語は使われなくなってきました。その理由は,神経症という医学用語が誤解を招く恐れがあることもあるのですが,最大の理由はアメリカにおける生物学的精神医学の台頭が挙げられます。それによって診断学も変貌したのです。アメリカの精神医学会では症状を羅列して,どの地域の医師でも同じように診断ができるようにと診断のマニュアルが作成されました(現在はDSM‐5が使用されています)。それはマニュアルに示された症状が「○個以上あると診断基準を満たしている」という考え方で,1980年から取り入れられ,今では診断学の主流になっています。上記に説明しましたフロイトの考え方と診断学はとても実践的で治療的でした。なぜアメリカ精神医学会は精神分析を棄却したのでしょうか?それは1970年代のアメリカの精神分析中心の精神医学の衰退に原因がありました。それで精神分析を捨てて生物学的精神医学へと方向を変えたのです。なぜ精神分析が廃れたのかと言いますと、アメリカの経済状態が悪くなったのが大きな原因です。精神分析はお金がかかる治療方法です。保険会社が精神分析に対してノーと拒否したのです。
 と言っても神経症に苦しんでいる方は今も昔も頻度は変わりません。それでは古典的神経症は今日ではどのように呼ばれているのでしょうか。大きく3つのカテゴリーに分けられています。@不安症(不安神経症,恐怖症,強迫神経症),A身体症状症(転換型ヒステリー,心気神経症),B解離症群(解離型ヒステリー,離人神経症)です。先にも述べましたように,その基本的な考え方は生物学的な見方です。それは一つの医学の進歩であることは間違いのないことなのですが,こころを見ないで脳を見る精神科医が増えてきたのは残念ですね。
W 神経症の治療
1.神経症は外来治療で精神療法が原則
 神経症の治療はヒステリーの研究から始まりました(精神科読本20「ヒステリーという病」を参照)。19世紀までは主に催眠療法で行われていましたが、効果に限界があること、悪化する例も少なくない、などの理由から今日では広くは行われていません。特に、理性を重んじ、目に見えないものは信じない、という傾向のある日本人には催眠療法は不向きです。代わって、催眠療法から発展したフロイトの編み出した精神分析療法が代表的な治療法になりました。しかしわが国では精神分析療法も欧米ほど広く行われていません。というのは,精神分析療法は週4、5回、しかも1回に50分の時間をかけるので、その費用もかなり高額になります(日本にいる国際精神分析協会の会員はわずか30名程です)。それよりも短時間で行われる支持的精神療法が一般的です。週に1回あるいはそれ以下の頻度の対面法による治療です。皆さまが精神科を受診した際に精神科医との間で行われる診察と考えて下さい。一般的には薬物治療も併用されます。その上、家庭ないしは職場でのストレスが明らかになれば、休養、入院治療、家族や職場への介入を図る環境調整も行われます。
 2.向精神薬療法
神経症には薬も奏効します。それは先に説明しましたように、「神経症の本質は不安である」からです。不安を軽減する薬は抗不安薬と呼ばれています。なかでもベンゾジアゼピン系の薬が代表的です。ベンゾジアゼピン系の薬は「不安を中心とした情動興奮によって生じた脳内ノルアドレナリン放出亢進を抑制することによって抗不安効果をもたらす」ことが分かっています。ベンゾジアゼピン系の薬は、安全性が高く、抗不安効果も優れています。しかし、眠気や脱力感、ボーっとする感じ、などの副作用もあります。また、強迫症にはうつ病の薬のアナフラニールやSSRIが効果的です。
 ベンゾジアゼピン系抗不安薬の副作用については精神科読本1「パニック症」でも取り上げたのですが、「常用量依存」が今日問題になっています。病気は治っているにもかかわらず抗不安薬を中止すると離脱症状が出現するのでなかなか中止できないのです。服用する限り日常生活に困ることはないので静かな依存症とも呼ばれています。減薬の方法はあるので心配されなくてもよいと思います。
 3.精神分析的精神療法
 さて、精神分析療法は毎日分析が標準で時間と費用が嵩むという話をしましたが、日本では週1回もしくは2回、50分の精神分析的精神療法が主流です。当院でも心理士による精神分析的心理療法と主治医による医学的管理の下でおこなうATスプリット治療を行っています。
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精神科読本3「小学生のこころの発達」

精神科読本3『小学生のこころの発達』(2017年改訂版)
               『小学生のこころの発達』                      
T はじめに-不登校は病気か?-
 学校に行けない子どもたちは、少子化傾向が続く21世紀になっても、減少しません。1年間に50日以上の欠席をする小・中学生は13万人に上ります。高校生になるとさらに事態は深刻になり、年間11万人が中退するような時代を迎えました。そしてその原因も明らかにされることもなく、しかも具体的な対策を講ずることもないまま、毎年学校に行けない子どもたちが増えていっているのです。
 これまで不登校の原因として次の三点がいつも取り上げられてきました。もっとも多く俎上に上るのが、子どもに原因を求める説です。それは「最近の子どもたちはこころが傷つきやすくひ弱になった」といった声に代表される意見です。どうしてこんなひ弱な子どもになったのか、当然、原因は親の子育てに求められます。教育評論家からは「子どもの言いなりで厳しさが足りない」、「勉強ばかりを押しつけ伸び伸び育てていない」、「過保護で物を与えすぎ」、「父親不在」、「親子の情緒的触れ合いが少ない」と批判されます。
 三つ目が、いじめや先生の指導力の弱化を含めた学校現場の問題です。確かに、いじめや学校の風紀の荒廃が原因で不登校になる子どもも少なくありません。それは先生の権威がなくなったことと無関係ではないでしょう。先生に叱られた上に、誤解を受けて学校を休むようになった子どもを私は知っています。先生を統括する文部科学省の役人でさえが先生たちの指導力不足を指摘しています。さらには、戦後民主主義の平等教育を批判する人も少なくありません。しかしこれは学校現場だけの問題ではないのです。私たち日本人の特性の一つでもあるのです。日本人はいろいろな意味で突出する人間を嫌います。皆が平等であることが好きなのです。戦後、日本では平等を目標に90%の人々が中流意識を持つまでになりました。ここまでは日本は成功したのです。しかしそのつけは子どもたちに回ったといわざるを得ません。
 こうして論じてくると不登校の原因・成因はどこにあるのか藪の中をさ迷うことになってしまいます。親は子どもや学校側のせいに、子どもは学校や先生のせいに、先生は親やこどものせいに、いやいや社会そのものが変化してしまったのだ、といった具合に問題は一向に解決しません。
残念な事に、その後不登校の子どもたちが、その後どのような教育を受け、どのような社会参加をしていったのかを調査した報告はありません。文部科学省が早急に行なわなければならない課題なのではないでしょうか。さらに、文部科学省は不登校の原因を上記の三者の責任転嫁説に任せ、1992年に行われた教育改革を検証しないまま、2002年の4月からゆとり教育という改革を始めました。今後、ゆとり教育の検証をしっかり行って、2020年の教育改革へと進んでいってほしいですね。こうして考えてくると、文部科学省の責任もないとはいえません。
 2017年現在の不登校の問題は子どもの『発達障碍』が増加してきたことだと思います。いずれその原因は解明されるでしょうが、私はいくつかの要因が重なって増加したのではないかと思っています。精神科読本28『発達障碍」で取り上げる予定です。
 1.登校拒否から不登校
 今から50年ほど前にアメリカで「学校恐怖症」という概念が生まれました。母親と子どもの双方が登校という互いに離れざるをえない状況になると不安になって、学校に行けなくなる小学校低学年の子どもの一群がいることが報告されたのです。彼らは「学校恐怖症」と呼ばれ、10年後には10倍に増加し社会問題になりました。ケネディ大統領の時代のことです。1960年代には、高学年の子どもたちの不登校が増えて、「登校拒否」と呼ばれるようになりました。
 また登校拒否を起こしている子どもたちの中には、家が貧しくて教育を受けられない子ども、病気のために学校に行けなくなっている子どもも含まれていました。それで、イギリスで10年後の彼らの予後を調査したところ、決して悲観的なものではないという調査結果が発表されたのです。こうした事実から、イギリスで1970年代頃から「不登校」という言葉が使われるようになり、文部省も平成3年から「不登校」という用語を使い始めています。
 不登校は外国でも見られます。ただ、日本の場合、学校に行かないと、まわりの大人たちが大騒ぎし学校に行くことを強制する点が他の国々と違います。日本では、学校に行かないと、「悪い子」もしくは「困った子」扱いを受け、学歴を中心にした狭い生き方を子どもに迫りました。「学校に行かないでどうするの」と言われた子どもたちは立場を失い、その結果、悲劇にも家庭内暴力が起きたのです。
 2.家庭内暴力
 開成高校生徒事件(1977年)、金属バット事件(1980)以来、青少年による「家庭内暴力」という語が社会問題化しました。家庭内暴力という現象はそれ以前にも見られ、精神医学的には終戦直後の報告があります。その報告は、彼らの特長を「親に依存していながら、同時に、親を攻撃する」「世間の人に対してはおとなしく、生活態度も消極的なのに、家族に対してだけ、怒りやすく、暴行や金銭要求をしたり、家財持ち出しなどをする」と述べ、彼らの社会不適応性が形成されたメカニズムは、既存の精神医学では解釈できないと疑問を投げかけました。それに一つの答えを与えたのが境界性パーソナリティ障碍(ボーダーライン)という概念です。以来、今日ではボーダーラインの近縁群として考えられ治療されるようになりました。
 不登校の子どもたちすべてが親に暴力を振るわけではありません。家庭内暴力を振るう子どもの特徴の一つに家庭の内と外での彼らの態度の豹変があります。彼らのほとんどが家では暴力の限りを尽くすのに、外では内気でおとなしい普通の少年という周囲の評価を受けているのです。まるで電気のスイッチの如く態度が変わるのです。そして家庭内暴力が起きる家庭環境を見ますと、父母と兄弟からなる核家族が大半で、中流程度の生活レベルをもち、父母の欠損している場合は少ない。普通の家庭です。普通の家庭に育った普通の子どもが、ある日学校に行かなくなり、親に暴力を振るうようになるのです。何故なのでしょう?
 3.不登校を生み出す家庭環境とパーソナリティ発達
 私は、中高生になって不登校⇒家庭内暴力⇒引きこもり青年になった子どもの治療から小学4年までの子育てがとても重要であることに気づかされました。
 というのは、彼らの多くが幼い頃から手のかからない「よい子」で育っていることです。「よい子」というのは二つの場合があります。一つは、母親の支配が強い余り、子どもが母親に従うしかない場合です。もう一つは、子どもが非常に早熟で周囲の雰囲気を敏感にキャッチしてしまう場合です。両方とも、家族の顔色ばかりを窺う「偽りの自分」を成長させてしまいます。元来、子どもは無邪気だが無慈悲なところがあるものです。ところが、「よい子」は自分に都合の悪いところは母親には見せません。「偽りの自分」だけを表に出すようになるのです。このように、周囲によい子の面ばかりが目だって成長すると、彼らのパーソナリティの中に、非常に気の利いた早熟な面と母親から離れると何もできないといった未熟さが同居することになります。その未熟さは、環境の変化、行事や催し事のたびに、自家中毒、原因不明の発熱、腹痛、頭痛、などの自律神経症状で小児科を受診したり、母子分離がうまく進まなかったり、他の園児たちの中に入れない形で現れるのです。指しゃぶりや爪かみが再び始まったりします。爪切りを使わない子どもはSOSです。
 そして次第に親の前での姿と家庭外での姿が乖離していくパーソナリティが育っていくことになります。このような問題を抱えた子どもを養育する環境に歪みがあると、たとえば両親の離婚や夫婦仲が悪くて緊張の強い家庭環境、喧嘩はしないけど互いに尊重しえない両親、など家庭内が複雑になると、心のなかに2つの自分を分裂させたまま成長して、家の内と外で正反対の態度を見せても、彼らはこのパーソナリティの矛盾を疑問に思わなくなります。そして思春期を迎えて自分を支えきれなくなって学校にいけなくなるのです。
 4.虐待を受ける子どもたち
 青年期になって、ボーダーラインやパニック症や過食症やリストカット症候群などの病気で精神科を訪れてくる人の中に、幼少期にそれも長期にわたって親から暴力を振るわれ、情緒的に無視されて育った子どもたちが、少なからずいます。1980年代後半から、アメリカを中心に欧米から「被虐待児」に関する報告が相続きました。当時、私は福岡大学病院でボーダーラインの臨床研究をしていましたが、虐待を受けたという患者の報告は少なく、むしろ支配という名の過保護や溺愛といった愛情過剰が問題でした。
ところが、川谷医院を開業した1997年から治療に当たったボーダーラインの患者たちから「虐待を受けた」と報告されることがしばしばありました。中には、継父や親戚から性的外傷を受けた子どもたちもいました。そしてネグレクトを受けた人たちも少なくなかったのです。
 こうした子どもたちは、親を悪く思う代わりに自分を悪く思うのが特徴の一つです。「親が自分に暴力を振るうのは自分が悪い子だから」と思うのです。また、親を神格化し、「自分は生きる資格がない」といった他者と自己の認知障害が起きるのです。現実を客観的に捉えることができずに、歪んで自分が悪いように見てしまうのです。ですから、「お母さんがいないと自分は社会で生きていけない」と独立心が育ちにくくなり、いつまでも親元を離れることができなくのるのです。彼らの自己評価はとても低く、治療を受けると「先生に迷惑をかけてしまうだけ」と言って、治療を受けることに葛藤的になりやすいものです。
 今日では、心的外傷後ストレス障害として概念化されているので、皆さんもきっとご存じのことでしょう。また、子どもに暴力を振るう親自身も幼い頃に親から虐待を受けていることが多いのです。
U 今、小学生の子どもたちに何が起きているか
 1.こころの発達ライン:自我の芽生えと思春期
 先に、不登校にならないような子どもに育てるには小学校4年生までの情緒発達が大切であると述べました。ここではどのようなことに注意すると将来子どもが不登校にならないようなこころになるかを述べてみたいと思います。
 小学校時代は精神分析学的に潜伏期といわれます。これは子どもが幼稚園時代の父・母の三者関係を体験した後の、精神的にもっとも安定しスポンジのように知識を吸収する時期なので潜伏期と呼ばれます。この安定期は小学4、5年の「自我の芽生え」の時期で終わりを告げます。この時期と思春期まっただ中の中学2年の2学期は魔の時期です。たいていこの時期に子どもたちは不登校になります。この時期が大切なのは、それまでの自分本位の自分作りから世界を意識した自分作りが始まるからです。この時期に家庭内外で問題が生じると、子どもは自分のこころの世界に没頭するか、他人を意識しすぎる子どもになります。ある中学1年の女の子は肩こりと頭痛に悩まされていました。聞きますと、「自分がない」と言うのです。相手に合わせてばかりいるので自分がないのです。どんなに疲れていても、嫌われるのが嫌で友達の誘いを断りきれないと言います。
 子どものこころを破壊するような家庭環境
皆さまが子どもにしてあげることは成長に必要な家庭環境でしょう。家庭内暴力や登校拒否の多くが普通の中流家庭の子どもに多いのです。しかし、普通といっても暖かい、ぬくもりのある家庭とはほど遠い家庭も少なくありません。子どもを虐待する家庭や離婚寸前の家庭がそうです。家庭崩壊は小学生の子どもには直ぐには大きな影響を与えません。思春期に入って子どもが第二次性徴と受験に翻弄される頃にその影響が現れはじめ、高校生位になって子どものこころの問題として現れます。高校生になると片親の家庭に育った子どもの受診が増えてくるのです。その大半が離婚家庭です。当院を受診する思春期から青年期の子どもたちの半数は両親が離婚しています。思春期にある子どもを心理的に支えるのが如何に母親一人では難しいかを事実は示しています。離婚しないようにして下さい。どうしても離婚するのであれば、魔の小学4、5年生と中学2年の2学期は避けて下さい。できれば、この時期は転校も控えた方がよいくらいです。
 2.どのような母親の態度が望まれるか
 1)ボキャブラリーの多い家庭
 ボクシング・チャンピオンの「浪速の辰吉」の子育てがとても面白い。彼があるテレビ番組でインタビューを受けていました。そばで子どもが指をくわえて彼にもたれかかっています。辰吉は自分の子どもに対して「ちゃんと自分の口で言いなさい。黙っていては分からない」と叱りつけました。子どもはインタビューに用意されていたジュースを飲みたがっていました。辰吉もそれは以心伝心で分かります。母親であれば、「もう子のこったら」とか何とかごまかしながら、さっとジュースを子どもに差し出すところでしょう。しかしそれは家庭外では通用しません。言葉で自分の意志を相手に伝えたりすることは、同じ家族の一員であれば無用のものかも知れないけど、それは家庭外では甘えに繋がるのです。内と外とのコミュニケーションの違いを辰吉は子どもに教えているのです。この役割が父親に課されたものなのでしょう。
子どもがこころの内を言葉にすることを「励まし」「待つ」ことは養育上とても重要です。言葉で意志表示をするように躾けるのです。先ず手始めに、帰ると、「酒、風呂、寝る」と簡単にすます父親の躾から始めまるのが良いでしょう。ボキャブラリーの多い家庭は楽しくなります。
 2)「文字通り」の人間にならない
 子どもは親を安心させようとして、また喜ばそうとして嘘をよくつきます。その嘘は多分に空想ごとが多いのです。しかし子どもの空想話を真に受けてしまって、子どもの空想を台無しにしてしまう母親がいます。子どもの言葉を真に受けて「文字通り人間」にならないことが大切です。子どもの矛盾する気持ちを許さない神経質な親もいます。子どもが「大きくなったら弁護士になる」と言ったとき、「この前は野球の選手になると言ったよ」と言って彼の想像の世界を破壊してしまうのです。ときには、「あなたはこの前こういった、あなたは嘘つきだ」と、子どもに罪悪感を押しつける神経質な母親もいます。母親に子どもの矛盾する気持ちやいろいろな空想を受け入れるゆとりがないのです。子どもの成長はこの母親のゆとりから始まるのです。その母親のゆとりの中で子どもは空想と現実の世界を自由に行き来して世界を広げていくのです。
 3)いじめ、登校拒否
 自分の子どもがイジメにあったらどうしましか。私たちは災難に遭うと「日頃の行いが悪かったから」と考えがちです。特に、いじめの問題は家庭の外で起きたことです。親が直接解決してあげられません。そのため、ついつい親は自分の子どもの傷つきを癒すのではなく、「あなたが悪い」と子どもを叱りつけることで、自分が子どもに何もしてあげられない無力感をごまかそうとするこころの働きが起きます。何もしてあげられなくても、子どものこころに耳を傾けることはできるのです。無力感に打ちひしがれている子どもの側にいて孤独を癒す、言葉にならない感情を言葉にするのを励ますのです。子どもの問題を解決してあげようと思わず、側にいて子どもが心の内を言葉にできるようにしてあげて下さい。そうすると、いつの間にか子どもが自分一人で解決するものなのです。
 4)子どもの独立とは何か
 子どもはさまざまな身体症状や不適応反応を起こします。こうしたいろいろな身体症状や不適応を引き起こす誘因の一つに思春期の性の問題があります。月経や精通のはじまり、そして異性との交際は、本来は子ども自身が抱えていかねばならない問題です。ところが、子どもが思春期に入り大人びていくと、その姿が親の思春期体験と葛藤を刺激し、子どもの情緒発達を妨げるような家庭内緊張を生む場合が生じて、子どもの問題が親の問題に発展することがあります。
 それは、ある時には、子どもが成長して自分の部屋が欲しいと言い出すときに表面化します。ある少年が「母親が心の中に侵入してくる」と訴えました。「(母親が)勝手に部屋に入ってくる」と言うのです。「勝手に部屋に入らないで」と彼が言うと、彼の母親は「親に隠し事をするようなことをしているの」と彼の独立宣言を悪いことと位置づけて彼の独立を阻むというのです。個室はあった方がいいのです。しかし問題は、鍵をつけないで、緊急の事態が起こったら親はいつでも子どもの部屋に入るが、そうでないときは決して入らないという約束を親が守り通すことが大切なのです。簡単に壊れそうなルールを守る力が子どもにできてくると、子どもは悪いことをしても反省するようになります。大人が見本を示すことです。子どもの領域を尊重することが「切れない」子どもに成長することに繋がり、たとえ悪いことをしても反省し自分を向上させるような子どもになるのです。子どもが罪悪感を持つようになることが子どもにとっての情緒的成長なのです。しかし、先ほどのお母さんは罪悪感を子どもに押しつけるだけです。それでは子どもは成長しません。子どもが悪いことをして、それを反省し、もう二度としないようにと自分に決意するまでには時間が必要なのです。親は子どもの気持ちが熟するまでの時間を保証することが大切なのです。そうすると子どもは成長します。よその子を怪我させたり、いじめたりした場合、親はじっくり反省する時間と場所を与えたらよいのです。
posted by 川谷大治 at 15:29| Comment(0) | 日記

精神科読本2「うつ病」

精神科読本2『うつ病』(2017年改訂版)
                      うつ病
T うつ病depressionとは
 うつ病は古くはメランコリアmelancholia(mela黒い+chole胆石)と呼ばれました。これは古代ギリシアの医学の祖ヒポクラテスの学説で黒胆汁の増加がゆううつ気分を引き起こすという意味です。胆のう疾患にかかっている人はしばしばうつ状態を引き起こすことから命名されました。「うつ病」と訳されている英語のdepressionの語は、気分の落ち込み(抑うつ)を意味する症状名であって、元来は病名ではありません。これを病名扱いにするところから、さまざまの誤解と混乱が生じました。憂うつだから病気だとは限らないのです。うつ病には以下のような症状が見られます。
うつ病の主な症状
精神症状
・抑うつ気分:憂うつで気分が晴れ晴れしません。「寂しい」「気が沈む」「気が滅入る」「うっとうしい」気分です。声は小さく、一見して意気消沈した様子です。このような気分には日内変動が見られます。朝と夕で気分が違い、朝の方が調子悪く、夕方から良くなってきます。日本語のうつ(鬱)とは、器のうつをあらわし、空っぽを意味します。ですから、「うつ」とは空しくて、何か大切なものを失ったときの心理をよくあらわしています。子どもの場合や重症になると抑うつ気分よりも怒りっぽいとか焦燥感やイライラ感が表面に出てきます。
・思考制止:ブレーキがかかったみたいに頭が働きません。仕事がさばけなくなります。忘れっぽくなります。「考えが頭に浮かばない」「頭の働きが悪い」「判断ができない」状態です。集中力に欠け、仕事に支障を来してきます。決断力も低下して食事の献立が思い浮かばなくて堂々巡りすることがあります。思考が鈍くなるわけですから、体の動きも怠慢になってきます(精神運動制止)。
・意欲低下:何事をするにも億劫で面倒くさくなります。日常の仕事が億劫になります。外出を嫌うようになります。外界への興味関心が薄れ閉じこもりがちになります。
・妄想:身体に異常があると信じ込む(心気)
    自分はみんなに迷惑者をかける罪深い人間だと思いこむ(罪業)
    自分はつまらない、劣等な人間であると思い込む(微少)
・不安・焦燥感:「イライラして居ても立ってもいられない」「落ち着かない」
・自殺念慮:うつ病が重くなると、生きているのがつらくてたまらなくなり死んだほうがましだと考えるようになります。
身体症状
・全身の倦怠感:とにかく身体がだるくて鉛のように重く感じられます。周囲はゴロゴロしないで少しは身体を動かしてはどうかとアドバイスするのですが、それに応じる気力と体力がないのがうつ病の苦しいところです。
・睡眠障害:中途で目が覚めたり、朝早く目が覚めるのが特徴です。うつ病に不眠症は付き物です。
・食欲の低下:砂をかむように味覚がなくなります。体重減少が2s以上。身体の体力低下を心配して必死に食べようとしますが食事がおいしくありません。若い人にはイライラを防衛するために過食、だらだら食いが見られることがあります。
・自律神経症状:肩こり、のぼせ、発汗、動悸、便秘、口の渇き、ふらつきが見られます。ひどいときには顔のほてりのためにメガネが曇ることもあるほどです。外国人と比べて日本人は身体の症状に注意が向きやすく内科を受診することが多い。
・性欲の低下:インポテンスを伴い、性行為が面倒くさくなってきます。
U 病型
1)ライフスタイルによる分類
 うつ病は子どもから高齢者まで年齢に関係なく見られます。母親を突然失うと赤ん坊もうつ病になると言われています。母親に会えなくなった赤ん坊は、肌の色は浅黒くなり、外界の刺激に反応せず、食事を摂らず、無表情になるようです。
小児の場合、両親の不仲、転校などによってうつ病になることがあります。成人のうつ病と違って、動きが鈍くなるなどの精神運動制止は認めないために、うつ病を見過ごししがちです。疲れやすい、几帳面すぎる、神経質、家族の中に入ってこない、ぼんやりしているなどの特徴があります。
思春期青年期では自我の確立を巡る問題で社会に出るまで悪戦苦闘することが予想されます。この時期特有の反抗期と重なって鑑別が難しいのですが、イライラ感や怒りっぽくなり、自分を傷つけたりする場合などはうつ病を考えたほうがよいかもしれません。特に、中学2年の2学期は自己の確立の時期で、私は「魔の中2」と呼んでいます。中学3年を前に高校受験が心理的に重くのしかかってきます。また逆に、無気力になって、何もしなくなって学校にも行かず部屋に閉じこもりがちになることもあります。高校生に多い傾向があります。
更年期では閉経を迎えホルモンのアンバランスが加わり、病状も過酷で激しくなります。
老年期では身体の機能や配偶者を失うなどの喪失体験を多く経験するので慢性化しやい。人生に希望を失い自殺に走る人が増えてきます。男性の場合、職を辞めた、長年連れ添ってくれた妻に先立たれた、身体の病気がなかなか治らない、などうつ病に罹りやすくなります。昭和25年に人生50年だったのが、今日では人生85年と長生きするようになりました。何が支えになるのか、難しい問題です。
2)発病状況による分類
 天災などで一度に家族や住居を根こそぎに奪われたりする「根こそぎうつ病」があります。また、主婦に多い「引っ越しうつ病」は、それまで親しんでいた土地を離れて新しい環境に入ったときに見られます。中には都会を離れ故郷に帰ったことで20年以上続いていたうつ病から開放された人もいます。定年を迎えて起きる「荷下ろしうつ病」は男性に多く見られます。また、課長や部長に昇進してかかるのが「昇進うつ病」。お目でたいのに不幸になるのは理解できないかも知れませんが、昇進すると管理者として嫌な仕事も引き受けていかねばなりません。また部下との間に溝ができて、淋しさが発病の引き金にもなるようです。
このように、何かを失うことがうつ病の誘因になるのです。うつ病は誰もが経験するような環境の変化や対象喪失が引き金で発病し、それは各個人によって失うものも異なってきます。それは身内の不幸、離婚、故郷、夢、理想などです。最近目立つのが対象喪失を経験しないでうつ病に罹る人が増えたことです。働く人に多い「消耗性うつ病」です。なかなか厄介です。残業時間が増え1ヶ月に50、60時間を越えると、心身の不調が始まり、夜が眠れない、なんとなく元気がない、仕事に燃えない、といった心と身体が磨耗したような軽度のうつ状態になります。それが100から150時間になると、うつ病や慢性疲労症候群に罹り、長い病休が必要になります。200時間を越えると過労死が襲ってきます。何故このような残業が普通のことように続くのかというと、実は、脳は身体のように容易に疲れないからです。脳は豆腐のように柔らかい組織なのですがかなり丈夫にできています。一方、身体の方は短時間で疲れて動けなくなります。なかなか疲れを知らない脳が残業が増えていって脳に蓄積疲労を残すのではないかと思います。
 ほかには「更年期うつ病」が女性に見られます。別名、激越型うつ病とも呼ばれ、自責感が強く、不安・焦燥感の激しさは尋常ではありません。居ても立ってもおれず部屋の中を顔は上気して汗を流しながら部屋をうろうろするのです。自殺の危険性が高く、入院治療が多いのも更年期うつ病の特徴です。
 「新型うつ病」という病態はこれまで述べてきたような内因性のうつ病とは違って、ストレスフルな状況から離れると速やかにうつ状態から離れるので「新型」という形容詞がつきました。詳しいことは『臨床ダイアリー』でも取り上げています。
V うつ病の生物学的研究
 結核病棟からうつ病の生物学的研究は始まりました。結核は一昔前までは「不治の病」として恐れられていました。その結核に罹ったにもかかわらず落ち込むどころか気分が高揚する患者が観察されたのです。結核の薬に気分を高揚する作用があったことから、脳内の神経伝達物質(モノアミン)の研究が始まったのです。また、ある種の降圧剤(レセルピン)や肝炎の治療薬(インターフェロン)がうつ状態を引き起こすこと、冬になるとうつ病になる人がいること、 甲状腺機能低下症やパーキンソン病の初期症状に抑うつがあることなどから生物学的研究が進められ、現在ではうつ病は脳内のアミン物質の動態異常で起こると言われています。2000年以降のインターフェロン治療は薬剤の改良によってうつ病を引き起こすことは少なくなっています。
神経と神経をつなぐシナプス間隙の化学伝達物質(ノルエピネフリンやセロトニン)に異常が見られるのであって、脳神経自体に異常が認められるわけではありません。このような脳内の変化は決して身体的原因(身体病やある種の薬)だけで起きるとは考えられません。うつ病を引き起こす原因の多くが個人にとって意味のある対象喪失やストレスなのです。このような心理的および身体的ストレスの結果として、脳内の神経伝達物質の動態異常が起きてうつ病になると考えて下さい。
 抑うつを引き起こす@病気とA治療薬
 @病気:飲み過ぎた翌朝、「ゆううつ」で気分がすぐれないといったことは誰しも経験することです。このように身体の調子によって気分も影響されます。うつ病を引き起こす病気には、パーキンソン病、インフルエンザ、悪性腫瘍などがあります。悪性腫瘍の場合、「警告うつ病」と言われます。悪性腫瘍が臨床的に気づかれる前に抑うつが先行する場合があるのです。ですから、うつ病が慢性化する、食欲が長いあいだ回復しないとか体のだるさが長期続く場合は注意が必要になります。
 A治療薬:降圧剤のレセルピンという薬がうつ病を引き起こすことで有名です。そもそもこのレセルピンは1931年に2人のインドの研究者が「精神障害に効くインドの新薬」という論文を発表しました。飲むと気持ちが静まる作用があり、インドでは何千年も使われてきたインドジャボクという植物の根から抽出されたものです。このインドジャボクの成分がレセルピンで鎮静作用と同時に血圧を下げる作用があったために降圧剤として使われるようになったのです。
W うつ病の疫学
 うつ病に罹る危険率は人口の0.4〜0.5%と言われてきましたが、最近のWHOによると全世界人口の3%がうつ病に罹患すると報告されています。アメリカの統計では一生のうちにうつ病に罹る割合は男性5〜12%、女性10〜25%と女性の方が2倍ほど多い。さらには、一般内科を受診している患者の10%はうつ病だとも言われています。
 うつ病は家族内発症頻度が高く、発端者の第一度近親者(同胞、両親、子ども)のあいだでは10〜15%と高い発症率を示しています。このことから、うつ病になりやすい体質が考えられています。私の観察では、先に説明したように、うつ病の家系には胆石患者が多く見られます。
 わが国でもうつ病は増加しています。当時の厚生省の統計によれば、医療機関を受診する患者の数は1984年の10万人弱から1994年には20万人と倍増しています。
何故、うつ病が増えたのか。現代がストレス社会だからと一言で片付けることはできません。個人を取り巻く環境の変化があります。物質・拝金主義の生活に疲れた、日ごろ口にしている食事の変化、体を動かすのではなく頭を使う仕事が増えた、自然に触れて「感ずる心」を失った、などいろいろ原因はあるでしょう。わたしたちを支えてくれた親や兄弟や親戚が周りに生活しているでしょうか。この50年間で失ったものはそれほど大きいのです。
 しかし、病気になったことを悲観するのでなく、うつ病に罹ったことで原因を探し情緒的に豊かな生活を取り戻すきっかけになった人もいます。災いを転じて福となす。うつ病に罹ったことで人生を豊かにした人は少なくありません。
X 病気にかかりやすい人
うつ病になった人の生い立ちの研究や病気なりやすい性格(病前性格)の研究があります。うつ病者には幼い頃に肉親との生別・死別や愛情剥奪を体験した人が多いことが分かりました。このような経験はその後の性格形成に大きく影響し、「救いのなさ、無力感、対象喪失についての過敏さ」といった不安を保障しようとして一定の性格傾向がつくられると言われています。病前性格で有名なものにドイツの精神科医テレンバッハ(1961)による「メランコリー親和型性格」があります。これは秩序愛と自己中心性がその特徴です。つまり秩序愛とは、他者との関係を円満に維持しようと配慮し、義理人情を重視し、人と争うのを好まない、人に頼まれるといやとは言えない、人の評価に敏感、責任感が強い、といった性格です。社会的には評価が高い性格ですが、一方身内には我が儘で頑固なところが見られます。要約すると、その人にとって意味のある対象喪失を恐れて、秩序を尊重する余り、余裕のない性格を形成したと考えられます。
Y 治療
 うつ病の治療は薬物治療の進歩によって外来通院治療が可能になってきました。薬物治療がない時代には電気けいれん療法と入院治療が代表的な治療法でした。今日では、多くが外来治療で行われています。自殺の危険が予想されたり、慢性化によって家族が疲労したり、会社のことが気がかりで家で養生できない場合などには入院治療が勧められます。
 1)薬物療法
 なぜ薬がうつ病に効くのか?それはうつ病では脳内の神経伝達物質であるモノアミン(セロトニン、ノルエピネフリン、あるいはドーパミン)が欠乏しているので、薬でこれらの物質を増加させることが可能だからです。最初に登場したのは三環型抗うつ薬です。第二世代が四環系抗うつ薬、第三世代の薬がSSRIとSNRIです。
SSRI
 代表的な抗うつ薬はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)です。シナプス間隙のセロトニンの濃度を高めることによって抑うつ気分を改善することを目的に開発されました。日本では2017年6月現在、ルボックス(=デプロメール)、パキシル、ジェイゾロフト、レクサプロの4種類が発売されています。第一世代の三環系抗うつ薬はセロトニンを増やす作用以外にも抗コリン作用、抗ヒスタミン作用、抗エピネフリン作用を持っていますので、うつ病は治すけど、口渇、立ちくらみ、便秘、体重増加など副作用が多いのが欠点でした。それで他の神経伝達物質には作用せずに選択的にセロトニンだけを増やす効果をもつSSRIが開発されたのです。
ルボックス・デプロメール(製品名:フルボキサミン)
 日本で最初に認可されたSSRI。飲み始めの消化器症状(吐気など)が他のSSRIよりも多いけど徐々に増量すると副作用は少ない。うつ病性“妄想”に治療効果を発揮する。
パキシル(製品名:パロキセチン)
 不安を速やかに鎮静化する切れ味の鋭いSSRI。また、容量を増やすと意欲を高める効果も持ち合わせています。残念なことに突然の投薬中止で離脱反応(落ちつきがなくなり、めまい、しびれ感、吐き気)が起きやすいのと性機能障害の発生頻度が他よりも高いことです。
ジェイゾロフト(製品名:セルトラリン)
 弱いドーパミン阻害作用をもつので、他のSSRIよりも活力、モチベーション、集中力などを高めやすい。特に、“非定型うつ病”と言われる過剰睡眠、だるさなどに効果がある。私の臨床経験では過食症にも効果が高い。
レクサプロ(製品名:エスシタロプラン)
日本では2011年に認可された最も新しい抗うつ薬です。低用量で効果を発揮するので安全で効果的なSSRIです。ただ、心臓病を合併している人は服用を控えた方がよいでしょう。また体重増加が稀に起きることがあります。
SNRI
 選択的にセロトニンとノルエピネフリンの再取り込みを阻害する薬です。セロトニン作用のみではしばしばうつ病の薬としては効果が薄いので、ノルエピネフリンの作用も併せ持つように新たに開発された薬と考えて良いと思います。
 トレドミン(製品名:ミルナシプラン)
 ノルエピネフリンの他のSNRIよりも賦活的で活動性を高める作用を持つ。欠点は発汗や排尿困難の原因となる可能性が高いので、前立腺肥大を持っている人は使えません。
 サインバルタ(製品名:デュロキセチン)
 日本では2010年に認可されました。販売当初、他の抗うつ薬ではなかなか効果を上げなかったうつ病に本剤が効果を上げたので救世主のような印象を持ちました。さらに認知機能を高める作用や慢性疼痛に効果があると同時にうつ病における慢性的な身体的疼痛(頭痛、肩凝り、腰痛など)に対しても有効性が確かめられています。
 イフェクサーSR(製品名:ベンラファキシン)
 日本では2015年から発売されています。主にセロトニンを増やし、高容量(150r以上)ではセロトニンとノルアドレナリンの両方を増加させる抗うつ作用をもつ薬です。SRとはsustained release(徐放製剤)から頭文字をとりました。ゆっくり長く効くという意味です。飲みはじめに吐き気や頭痛が見られますが、徐々に増加していくと、副作用もそれほど気になりません。
三環系抗うつ薬
 第一世代の抗うつ薬です。約60年前に登場しました。効果発現までに1週間を要しますが、効果は抜群です。数種類の抗うつ薬があります。トリプタノールは不安・焦燥の強いうつ病に、アナフラニールは抑うつ気分・強迫の強いうつ病に、トフラニールは意欲の低下の強いうつ病に用いられます。あまりこのことは知られていませんが、思春期の子どもの無気力に奏効するので、私はかなりお世話になった薬です。
四環系抗うつ薬
 三環系の抗うつ薬は副作用(抗コリン作用)が強いので、最近では副作用の少ない四環系の抗うつ薬が開発されています。しかも効果発現が短いのが特徴です。テトラミド、ルジオミール、テシプールがあります。テトラミドはいらいら感が強い場合、ルジオミールは意欲低下に効果があります。
その他の抗うつ薬
 ドグマチールは非常に便利な薬で少量だとほとんど副作用が見られません。女性には月経不順、乳汁分泌といった不快な副作用が見られることがありますが、漢方によく似た効き方をします。
2)精神療法:「笠原の小精神療法」
 1978年に名古屋大学の笠原嘉教授は以下の7点を中心とした精神科医によるうつ病治療を提案しました。
 1.現在の状態は病気であること
  2.心理的・身体的に休息が必要であること
3.治癒時点の予測―3ヶ月を目安にする―
  4.自殺念慮がある場合、自殺を決行しないことを約束すること
  5.治療がすむまで辞職、離婚などの重要な決定は延期すること
  6.治療中の症状には動揺が見られる。
  7.薬物の効果とその副作用などの説明
 私もこれに沿って治療を進めてきたのですが、3と5の部分の改定を迫られています。マスコミ等でうつ病が「こころの風邪」と言われて、精神科に受診する敷居が低くなったのは事実ですが、うつ病は風邪のように簡単には治りません。本当に3ヶ月で治るのか?この問題は重要なことなので、最新の研究と併せて後に説明したいと思います。5の「人生で重大な決定は延期するように」というのも現代ではそうは言っておれないのが現状です。職場を変わることがうつ病からの脱出になることがあるからです。会社の組織も「年功序列」「社員優先」から「能率主義」「株主優先」に豹変してきました。会社が社員をどこまでサポートしてくれるのか?また、うつ病の誘因が「過労」や会社内の「対人関係」による場合、以前の組織では上司と一緒に環境調整することで速やかに解決することが多かったのですが、今日では容易にことが進まなくなりました。
 次いで、家族には以下のことを守ってもらうように協力をお願いします。特に、治療が開始される治療初期には以下のことが大切です。
 1.休養を勧める
 2.励まさないこと
 3.説教は禁物であること 
 4.無理に動かそうとしない、受身を重視すること
 5.気晴らしに旅行やカラオケなどに誘わないこと
 6.見守ることの重要性
 7.自殺には注意が必要
 8.深酒は禁物   
治療後期には、以下のことを心にとどめていたらよいでしょう。
 1.早朝の散歩:特に太陽が上がる前に家を出て、ぶらぶらと散策して家にたどり着く頃に太陽の光が差し始める頃の散歩が身体にはよい。
 2.良くなったからと言ってすぐに服薬をやめない。
 社会の変動に私たち人間の心の変化が追いつけないのが現代の特徴です。抑うつ症状は非常に多様な原因から発生しうる反応形成であって、疾患論的な特異性をもつものではありません。それに対して、私たちがどのような対策をとったらよいのかを本小論が少しでも役に立てたらと考えています。
Z.うつ病は厄介な病態=「こころの風邪」ではない
 1.うつ病は良くなるのか?
 アメリカのAkiskal(1995)先生の「約2/3は再発し、約10%は双極性障害に診断変更される」という報告を読んで改めてうつ病の治療に楽観してはならないと思いました。アメリカ精神医学会(2000)でも60%は再発し、うつ病エピソードを繰り返すごとに再発率は高くなる。しかも、20〜35%は残遺症状(部分寛解)と社会的、職業的な障害を残す、と述べています。わが国の厚生労働省の「感情障害長期経過多施設共同研究(2008)」では、10年間経過を追えた症例の57%が再発、22%は軽度再発、20%再発なし、と報告しています。
 2.脳科学の貢献
 コンピューター関連の仕事や残業も1ヶ月に100時間を越すといったハードな仕事を続けている人たちのうつ病には2、3ヶ月の休養で気力と体力の回復が望めないのが普通です。また、そのような方には人生の生き方にも迷いが見られます。良くなって再び職場に戻るのがよいのか、私も大変悩みます。治ることだけにとらわれずに人生を一度見直すくらいに考えた方がよいのかもしれません。
 うつ病にストレスが大きく関与していることは周知の事実です。では、どのように関与しているかについて説明したいと思います。心身のストレスは、以下のようなHPA系を作動させます。グルココルチコイドとはステロイドホルモンのことです。
  ストレス→視床下部→CRF→下垂体前葉→ACTH→副腎→グルココルチコイド
 このグルココルチコイドは、抗炎症作用、免疫抑制作用、HPA系にフィードバックをかける作用を持っていますが、うつ病ではこのフィードバックがかからないために、グルココルチコイドが分泌され続けます。すると、記憶を司る「海馬」にはグルココルチコイド受容体が多いために、海馬ニューロンの新生(増殖)抑制、海馬神経細胞の樹状突起の退縮、空間記憶の減退が引き起こされます。急性ストレスでは海馬神経細胞の死に至らしめることも分かっています。様々なストレスによって海馬の神経新生は抑制されるのですが、抗うつ薬や気分安定薬や電気けいれん療法は神経新生を促進することが分かってきました。つまり、抗うつ薬はセロトニンを増やし、結果的に神経栄養因子を増加させて、神経新生を復活させ、神経細胞をもとに戻す(神経回路の復活)ということが分かってきたのです。この神経回路を速やかに促すための治療プログラムが以下の当院での治療の試みになります。
 3.当院でのうつ病治療
 1)力動的精神療法:治療観のパラダイムシフト
 先に、うつ病は対象喪失が原因で起きると述べてきましたが、対象喪失に対する治療観は失ったものを「モーニングワーク(喪の作業)」することだと言われてきました。ところが現代のうつ病の患者さんは、自信や誇りや自尊心を失ったことが病気の原因の場合が多いのです。それに加えて、うつ病になったことで生じる脳の変化を考慮しなければなりません。自信を失うことと心身のストレス反応という治療観へのパラダイムシフトを考えないといけません。
 フロイトは「断念という術を会得すると人生も捨てたものじゃない」と述べて、万能感を放棄すること、断念すること、を勧めています。この考えは、現代人には当てはまらないようです。自己や世界が自分の思い通りになるという「錯覚」は生きていくうえで必要なことではないか?わたしたちは自己や世界が「思うようになったり、ならなかったりする」繰り返しのなかで生活しているのではないかと思うのです。日本の家屋の特徴は、昔は縁側があったことです。今日のアパートやマンションではベランダがそれに相当します。この濡れ縁は、雨戸を閉めると家の外になり、雨戸を開けると家の内になるのです。状況によって、内になったり外になったりする、という曖昧な中間領域が私たち日本人のこころの健康に適っているのです。万能感は捨てるものではなくて、私たち人間が生き生きと生活するためのエネルギーの源であるという考え方です。「花が散って実がなる。永遠の花は実を結ばない」という破壊と再創造、ピンチの裏にチャンスあり、というポジティブな考え方です。うつ病になったことを人生を豊かにするためのチャンスと考えるわけです。
 2)社会復帰支援プログラム
 心理的なアプローチのパラダイムシフトに加えて考えなければならないことは、くたびれた脳を蘇生することです。そのためには、ストレスを少なくして、HPA系の作動を抑えなければなりません。次いで、海馬の神経を蘇生します。ただ、何もせずに、自宅で休養しているだけでは、返って脳にはストレスになります。その手立てとして、当院では2008年4月からショートケアとしてスタートさせて、2015年1月から就労支援A型「ドンマイ」を併設しています。
posted by 川谷大治 at 15:13| Comment(0) | 日記

精神科読本1「パニック症

精神科読本1『パニック症』(2017年改訂版)
『パニック症』
T パニック症panic disorderとは
 パニック症とは、「客観的には発作を起こす人の状況や環境に危険が存在しないのに不安が生じ、同時に頻脈、動悸、発汗、胸痛、窒息感、呼吸促迫、めまい感、頻尿などの身体症状を伴い、非現実感(離人感あるいは現実感喪失)に襲われる病態」です。天災や事故に遭遇してパニックに襲われるのは当然のことですが、パニック症はそのような危険がないときに突然発作が生じるのです。そして、発作は何度か繰り返され、救急車を呼ぶなど、不安で一人になれなくなります。 
二次的に、死の恐怖や自制心を喪失するのではないかという恐怖あるいは発狂恐怖が生じることがあります。自制心を喪失するとは、人前で意識を失うとかおろおろして慌てふためくといったように自分をコントロールできない状況に陥ることです。一度発作を経験すると、パニック発作を起こした場所に来ると、再び発作が起こるのではないかと不安になり(予期不安)、特定の場所が恐怖の対象となり、それを避けるようになることがあります。専門的には空間恐怖=広場恐怖と呼びます。空間恐怖には、@電車、バス、地下鉄、飛行機などの交通機関に乗ること。Aトンネル、橋、エレベーター、美容院や理髪店、歯科などの椅子、など狭い場所に閉じこめられること。B家に一人でいること、家から離れること、などがあります。
パニック発作の主な症状
身体症状
  心臓がドキドキする、脈拍が速くなる、心拍数の増加、呼吸が浅くて速くなる、息が詰まる、胸の痛み、圧迫感、吐き気、腹部の不快感、下痢、めまいやぼんやり感、顔の火照りや寒気、手足のしびれ、頻尿
精神症状
不安で落ち着きがなくなる、予期不安、死の恐怖、発狂不安、自制心の喪失不安、人前で気を失う、下痢や吐き気を我慢できない、非現実感、自分が自分でないような感覚
U 病気の成り立ち
 1 パニック症は女性に多い?
パニック症の原因は未だはっきりしていませんが、多種の要因が重なって起きると言われています。福岡大学医学部名誉教授の西園先生は対人関係における情緒的孤独感、先輩の長岡先生は甘え心を抑圧し外向きの自分を演じ過ぎる性格的要因を挙げています。アメリカ精神医学界の疫学調査ではパニック症の人には幼少期の対象喪失体験や虐待体験などがあると指摘しています。私は、不安を感じやすい体質を遺伝的に受け継いで、その不安を感じないように無理な生き方をするような性格が形成され、心理的および身体的ストレスや対人関係における孤独感、さらには破滅的な心理的状況に直面したときに発症するのではないかと考えています。
性差を見ますと、男性よりも女性に多い病気です。その比率は男性:女性=1:2と言われています。女性では思春期の始まりから増加していくという事実から、月経周期によって心理的および身体的に揺さぶられるのではないかと想像しています。さらに、女性の社会進出が進み、女性も男性と同じような仕事について夜は10時近くまで働いて帰る人が少なくありません。それは月経不順、疲労感、抑うつ感、などの症状となって現れてきます。このように現代の若い女性には心理的および身体的ストレスが男性よりも強く関与していると考えられます。
2 ストレスの関与
具体的にどのようなストレスがあるのかを考えて見ましょう。幼い頃に生命を脅かされるような体験や性的虐待を受けた人が成人した後にパニック症に罹ることがあります。もちろん、成人してからの激しいストレスに長期間曝されてパニック発作に見まわれる人もいます。アメリカのベトナム帰還兵で死に直面するような圧倒的なストレスにさらされた人にパニック症が多く見られたという報告もあります。最近では、外傷後ストレス障害(PTSD)の研究から、パニック発作と死に直面する体験や自己の存在を脅かすような体験が深く関わっていることが明らかになっています。
しかし、上記のような激しいストレスに遭わなかった人でパニック症に罹患した人もいるのも事実です。家族やごく親しい人が身体の病気に罹る、あるいは急死するなどといったことを契機に発病する人も見られます。ある会社員は同僚が過労からくも膜下出血で急死したのを契機に発病しました。父親の急死が引き金になった人もいます。また生活の変化や過労や長期の不眠症が原因になることもあります。特に、主婦に多いのは夫との情緒的孤独感です。一緒に生活しているのに、夫は仕事で帰りが遅い、不仲が続いている、などの場合は危険率が高まります。
しかしこのような心理的および身体的ストレスの状況下で必ずパニック症になるとは限りません。なぜある人はパニック症になり、別の人は他の病気(うつ病や心身症)になるのか?パニック症になりやすい人の特徴を見てみましょう。
 3 どんな人がパニック症に罹りやすいか?
気質的に不安への過敏さとネガティブ感情はパニック症に罹りやすいと言われています。私の臨床経験では、過去や現在のストレス以外にパニック症になりやすい性格傾向と体質がある、と考えています。性格傾向としては、真面目でひたむき、人と意見が衝突すると自分の方が折れるような他者配慮的な人に多いようです。また完璧主義で自分に厳しい女性や、男気を重視する男性といったような、内面の依存性を抑圧する人が罹りやすいようです。
また、パニック症に罹りやすい体質には、もともと幼い頃から消化器が弱いとか人前で上がりやすい、といった自律神経が敏感な人にも多いようです。そのため、パニック症の患者さんには幼いころ車酔いしやすい人が多い。遺伝的に親や兄弟にパニック症がいるとそうでない人よりはパニック症に罹りやすいのも事実です。
 4 自律神経が敏感であるとは
自律神経は文字通り神経自体が自律的に身体の生命維持を行っています。自律神経には交感神経と副交感神経の二つがあります。私たちの身体はこの二つの自律神経によってバランスよく調整されています。
交感神経は「闘いの神経」です。人間が活動するときに作動します。闘いに備えて血液中にアドレナリンが分泌されます。アドレナリンの作用によって、心臓の鼓動が速くなり、血液を筋肉に多く送ります。筋肉以外の血液を心臓に戻すために、内臓はその活動を休止します。また皮膚の表面の毛細血管が収縮して皮膚の表面の血液は心臓に戻り、皮膚の表面は冷たくなります。武者震いも起きます。口も渇き、眼の瞳孔はよく見えるように広がります。手や足が滑らないように手掌や足の裏には汗をかきます。交感神経が優位だと仕事はバリバリやりますが、過労を引き起こし癌になりやすいと言われています。
一方、副交感神経は交感神経とはまったく反対の「休憩の神経」です。食べたものを消化・吸収するために血液は胃や腸に流れ、脳や筋肉に流れる血液は少なくなります。交感神経がアドレナリンに対して副交感神経はアセチルコリンが分泌されます。いわゆる癒しのホルモンです。そのため、少し眠気も起きます。皮膚の表面の毛細血管は拡張し皮膚の温度は暖かくなります。「ゆったり、癒し」の副交感神経が優位な人に長命が多い理由は、ウィルスやガン細胞を退治するリンパ球が増えるからだと言われます。
 このように、パニック症の身体症状は、休憩しているときに突然交感神経が作動し「闘い」に備えた状態になることなのです。アドレナリンは闘いの状況以外にも「怒り」や「恐怖心」に駆られたときにも分泌されます。パニック発作後に二次的に生じる恐怖心がアドレナリンを分泌させ、交感神経を作動させます。心拍数の増加、口はカラカラに渇き、呼吸は速くかつ浅くなり、身体や手足は震え、多量の汗をかくのです。なかには、トイレに行きたくなる人もいます。
V 治療
 1 診断
 パニック症に悩む人がどれくらいいるのかはっきりした統計はないのですが、かなりの頻度で起こります。あるアンケート調査では「100人に0.5人から2.5人がパニック症に罹った経験をもつ」と答えたという報告があります。他科では「心臓神経症」「自律神経失調症」「メニエル症候群」などと診断され、治療されることがあります。特に、救急で受診することがあるので、「特に、異常がない。気のせいだ」と言って医療機関に相手にされず、適切な治療を受けずに帰される経験をした人も少なくありません。なかには「心配し過ぎ」、「騒ぎ過ぎ」などと言われ、傷ついた人もいるでしょう。ですから、治療の第一歩は正しく診断されることになります。
  身体の病気でパニック症に近い病態を示す疾患についても注意が必要です。たとえば、心臓病や甲状腺機能亢進症などです。
 2 病気の理解
 上記に説明しましたように、パニック症は種々の原因が考えられます。ストレスと体質が重なって起きるのであって、ただ単に心理的なものだけでなく、まして性格の弱さに起因するものではありません。むしろこの病気に罹ったことで気が弱くなり、過度に心配性になることがあります。「気のせい」などと言われると、自分が弱いせいだと思いこむ人もいるでしょう。だから先ず、正しく診断され、次に病気の理解が大切になってくるのです。同時に、家族や職場の人々への教育、指導も大切になってきます。妻や夫から「誤解される」ことほど辛いことはありません。ますます無理をして病気を長引かせることになります。
 3 実際の治療
 1)薬物治療
 @ SSRI:SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)はパニック症の第一選択薬です。わが国では1997年から臨床で処方されるようになりました。2017年6月現在パロキセチン(商品名:パキシル)とフルボキサミン(商品名:ルボックス、デプロメール)、セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)エスシタロプラム(商品名:レクサプロ)の4種類です。SSRIは脳神経のシナプス間隙のセロトニンの量を増やすことで不安や抑うつ感を軽減させる薬で、パニック症にはパロキセチン、セルトラリンが保険適用の薬です。副作用は吐き気などの消化器症状や頭痛、眠気などです。高齢者にも安心して使用できる薬です。ただ、急に薬を中止するとめまいや吐き気などの離脱症状が見られることがあるので徐々に減量していきます。
 A 抗不安薬:SSRIが登場する前はベンゾジアゼピン(BZD)系抗不安薬が第一選択薬でした。なかでもアルプラゾラム(商品名:コンスタン、ソラナックス)は大規模な他施設共同の国際研究も行われ、その有効性も確かめられています。抗不安薬はパニック発作に対して速効性があるので急性期の人に使用されます。たとえば、症状のために仕事に行けない、買い物ができない、など日常生活に支障を来たし、そのために仕事を辞めないといけないとか、歯の治療ができなくて虫歯を放置せざるを得なくなっているなどの場合は早く症状を落ち着かせたいものです。
副作用は、眠気やふらつきなどです。また、長期連用すると、常用量依存という厄介な副作用が出現します。BZD系抗不安薬の常用量依存とは「本来の症状は改善したものの、服用を中止すると離脱症状が生じるため断薬できない病態」のことです。離脱症状のために中止ができない“静かな依存”なので、生活にも困らないために長期連用・依存形成の危険性が起きるのです。ただ、常用量依存を形成していても、減薬は可能ですので心配いりません。
アルプラゾラムは即効性があり、急性期には、1日に3回毎食後アルプラゾラム(0.4r)1錠ずつ服用します。そして1週間後、効果がなければ増量していきます。パニック発作が抑制され、広場恐怖がないかもしくは消退し日常生活が改善されたら(おおよそ3ヶ月もあれば達成できます)、その後は常用量依存を避けるためにSSRIへと切り換えていきます。
B 抗うつ薬:イミプラミン(商品名:トフラニール)を慎重に増やしながら50〜150r服用すると、発作は抑制され、空間恐怖にも効果があります。抗うつ薬特有の副作用(口の渇き、便秘、立ちくらみ)があるので、主治医の診察をこまめに受けながら服用することをお勧めします。使用量は、うつ病の場合よりも少量でよく、1日10rを初回量として服用し、それから慎重に漸増します。イミプラミンは抗不安薬のような依存性のないのが長所です。頻度は少ないのですが、イミプラミンの副作用でそわそわして落ち着かなくなることがありますので、主治医には効果や副作用についてよく相談することが必要です。 
C その他:スルピリド(商品名:ドグマチール、ミラドール)は、体質的に消化管が弱い人にも効果があります。食欲を高め、気分を晴れ晴れする作用もあります。副作用は、月経不順や乳汁分泌です。更年期障害と重なった場合などには効果的です。ただこの薬も長期連用すると、常用量依存が形成されて止めるのに注意が必要です。そのためには長期連用を避けることが大切になります。
 2)精神療法
 薬物治療と並行してもっともポピュラーに行われているのが支持的精神療法です。一般的に精神科医によって行われている面接(診察)と考えて下さい。支持的精神療法では、患者さんの訴えをよく聞き十分受け入れることから始まります。次いで、パニック症の症状、原因、治療法および今後の見通しなどについての説明。薬物治療とその副作用についての説明。不安への対処法や日常生活で留意することなど。さらには、ストレス解消法について説明があります。家庭ないしは職場でのストレスが明らかになれば、休養、入院を勧めたり、家族や職場への介入を図る環境調整が行われます。支持的精神療法を行い、それで改善されないようであれば、特別な治療法として精神分析療法や認知行動療法があります。
  私は若い頃は薬物を用いずに精神分析療法で治していました。ケースは38歳のサラリーマンで妻が実父の癌の看病で1ヶ月間家を空けていた間に発症しました。週に1回50分の対話による治療で、彼は症状の背景に甘えたいという欲求があることを自己洞察することで病気を克服できました。彼は本音の自分(依存的な自分)と建前の自分(性に厳格で責任感が強い)とのギャップが大きく、妻に本音をこぼせる様になって楽に生活を送ることができるようになりました。
 当院では主治医による医学的管理の下で行う臨床心理による精神分析的心理療法の二人による治療(専門用語でATスプリット治療と呼びます)を行うことができます。
 4 日頃注意することについて
 病気を理解しても、中には病気になった自分に腹を立てる方が多いのが病に悩む人の特長です。それは好ましくありません。病気に対して宣戦布告するべきでしょう。「発作を起こそう」と思っても発作は起きないものです。万一発作が起こったら、深く息を吸い込んで、ゆっくり呼吸することも症状の軽減につながることがあります。手っ取り早いのはアルプラゾラムを1錠服用することです。また手で口を覆うと楽になることがあります。中には気をそらす(注意をそらす)ことが効果的な場合もあります。たとえば、音楽を聴く、誰かに電話する、体を動かす(足でリズムをとる)、ガムを噛む、その場を離れてトイレに行く、といった方法も効果的です。
症状が治まったら、発作のことから意識を遠ざけるために、すぐに別のことを考えるようにすることも手助けになります。また、外出時に傘を持ち歩くことが不安の軽減につながった方もいました。いずれにしろパニック発作は長時間続くことはありません。問題は、恐怖心がアドレナリンを分泌させ、交感神経を作動させることにあるのです。アドレナリンが分泌されなくなると発作は治まるのです。いざという場合に備えて、頓用の薬を処方してもらってお守りにするのも一つのアイデアです。また、コーヒーやアルコールは適量を超えないように激しい筋肉運動には注意して下さい。
posted by 川谷大治 at 14:39| Comment(0) | 日記